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皇女リリィの結婚物語  作者: 緑みどり
黒い秘密
55/123

マティアスの決意

 〈風と波の宿〉にまつわる破廉恥はれんちな噂は、野火のびのように広まった。当初、皇子とレイチェル・モートンをおとしめるつもりで捏造ねつぞうされた噂話も、一人歩きして収拾しゅうしゅうがつかないほどになっている。いつの世もスキャンダルは人を惹きつけるものだ。それも話が大げさで、扇情的せんじょうてきであればあるほど。


 しまいには皇女やリー・トマスの令嬢まで貞操ていそうを疑われ始めた。皇妃もお風呂場で山羊やぎの血をびてえつに入ってる場合ではない。噂を揉み消さなければならなかった。ヘレナはメアリーを愛玩あいがんしていた。娘は政治の大切なこまである。たとえ噂であっても貞操ていそうに傷がついてはならない。


 ヘレナはたくみにレイチェル一人に汚名おめいを着せていった。まだ事件から回復してもいないレイチェルが、再び憂き目にあったのだ。「娼館」の仲間たちは皆レイチェルを気の毒に思って、ある者は共に泣き、ある者は守ろうとして立ち上がった。


 当の本人はもうベッドから起き上がれるほどで、閉め切った部屋で、リリィの貸してくれた本を黙々《もくもく》と読んでいる。かと思えば、突然泣き出したり、前触れもなく石のように凍りついたりするのだ。実のところ、本だって読んでいなかった。意識が散漫さんまんで、文字が読めなかったのである。


 アレックスはレイチェルの両親に手紙を書いた。故郷なら、レイチェルを気にかけてくれる者がいるし、回復も早まるのではないだろうか。善良なるモートン夫妻はすぐに迎えをよこすつもりだと、返事を送ってきた。


 レイチェルは帰郷の話を聞くと震え上がった。お礼を言って嬉しそうに振る舞おうとするが、目に宿やどる絶望はごまかしようがない。その晩、服毒自殺をはかった。レイチェルに毒の知識がなかったことがさいわいして、一命はとりとめたが、帰郷の計画は白紙になってしまう。彼女は善良なる家族たちに陵辱りょうじょくの事実や自分のけがれた体が知れるのが恐ろしかったのだ。


「レイチェルが心配だ」

 マティアスが〈崖の家〉の寝室で、深刻そうな顔つきをして言った。


「私たち、みんな心配してるわ」

 リリィが声をひそめていう。


 実を言うと、リリィとメアリーはレイチェルが強姦ごうかんされたことを知らなかった。そもそもリリィには性に関する知識はまったくなかったし、メアリーはアレックスの配慮はいりょで耳に入らないようにされている。救出されてすぐにレイチェルに会ったトルナドーレ兄弟やマットには明らかなことだった。


「リリィ、君が心配している以上にレイチェルのことが心配なんだ。さらに深刻なんだよ。話すべきだろうか」


「何があったの?レイチェルはここに運び込まれたとき、瀕死ひんしの状態だったのよ。あれよりひどいことなんて……」

 リリィが物思わしげな表情を浮かべていう。


 マティアスはレイチェルに起こった暴行について話した。貞操を汚され、皇妃にはあらぬことでぎぬを着せられている。女の名誉を失えば結婚は難しい。レイチェルには純潔じゅんけつ克服こくふくできるような持参金はなかった。仮にあの拷問のショックから回復できたとしても、高貴な女性として生きていく手立ては生涯しょうがい失われてしまったのだ。


「そんなのって不公平だわ。あまりに酷すぎる。レイチェルは悪いことなんかしてないのに」

 リリィがいたく同情して言う。


「本当はみんなわかってるさ。でも世間は冷たい。宮廷の連中がどんなに汚い奴らか、君にわかるだろうか。知ってたらレイチェルを宮中に戻そうなんて考え起こさない。ひどい世の中だよ。レイチェルほど素晴らしい娘はいないのに」

 マティアスはそう言うと、あまりのことに顔を手で覆った。


「そうね。レイチェルは素敵な、本当に優しい子よ。あの子を救うことができたならいいのに」

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