娼館の仲間
皇妃の隠し部屋にいた近衛兵の二人が牢獄で遺体となって発見された。皇妃が殺害したのだ。だが、リチャードはレイチェルの誘拐も、誘拐に関わった近衛兵三人の殺人も、公にするのを禁じた。そういうわけで、皇帝と皇帝に仕える臣下以外に、詳しい事情を知る者は、〈崖の家〉に出入りする馴染みだけとなった。
だが、ことはもっと複雑である。宮廷のどこかからか、〈崖の家〉についてあらぬ噂が流されたのだ。
皇子アレックスは外面はいい。しかし、断崖の下の館で放蕩の限りを尽くしている。ふしだらな娘を呼び、女を仲間にまわした。皇子たる者の義務などほっぽり出して、皇帝から与えられた館を娼館にしてしまったのだ。
アレックスは歯ぎしりした。というのも、噂がレイチェル・モートンをも貶める内容だったからである。レイチェルは皇子とトルナドーレ兄弟と関係を持ったと囁かれた。悪意ある噂話で、女の名誉は一生失われてしまったのだ。結婚だってできないかもしれない。
父の言うことを聞いているだけでは手遅れになる。レイチェル誘拐で皇妃が何をしたかったのか、探らなければならない。
アレックスは慎重に、レイチェルから何があったのか聞き出そうとした。レイチェルにとっては苦痛だろう。だが、彼も必死だったのだ。
一方、リリィは地下牢にいた男を訪ねて、宮廷に眠る秘密を掘り出そうとしていた。牢獄での暗殺後、男は〈崖の家〉に移送されて、看病を受けている。リチャードも息子の「特別な囚人」を預かるという申し出を許可しないわけにいかなかった。近衛隊も、牢獄の看守もただちに再編成しなければならない。
「兄はあなたが無実だって言ってるわ」
リリィがベッドでうめき声をあげる男に向かって言った。
男が寝かされているのは座敷牢で、檻の中である。皇帝から直接の尋問を受けた以上、取り調べもなしで無罪放免というわけにはいかないのだ。
「あなたの名前は、お嬢さん?」
警戒している様子はなかった。リリィが若い娘だったから安心したのだろう。珍しい鳥でも見るかのようにこちらを見ている。
「リリィよ。あなたは?」
皇女が澄んだ声で答えた。
男は痛みを忘れて、しげしげとリリィを見つめる。美しい娘だ。森にひそむ妖精のようだった。心の底まで見透かすような灰色の瞳。ほっそりとしたくびれに、きめの細かい肌。桃色の、薄い唇には、はにかむような微笑が浮かんでいる。何よりも娘の目が優しかった。男の行方を本当の意味で案じてくれているような気がする。
「ヘンリーだ。ヘンリー・トンプソン」
男はそう言って、笑みを浮かべた。笑い慣れていない、ぎこちない感じの笑みだ。無理もなかった。つい数日前までは、地下牢で拷問を受けていたのである。
リリィはヘンリーの笑みに思わず我が身を恥じらって、目を伏せた。
「暗闇の中で、ひどい暴行を何時間にもわたって受けていた。だが、救い出され、こうしめ貴女と巡りあえた。あなたは僕の天使なのだろうか」
ヘンリーが恍惚として口走る。
「地下牢であなたが拷問されているところを見たわ。目が合ったの、もう忘れちゃったかもしれないけれど。恐ろしい災難だったのよ。あなたを救ったのは天使なんかじゃなくて、私の兄だったの」
リリィは優しい口調で言った。
「さっきもお兄さんのことで何か言っていましたね。教えてください、兄君は僕の無実を信じてくださってるんですね?」
ヘンリーが目の色を変えていう。
「ええ、兄も私もあなたのこと、無罪だと思ってるわ。少なくとも、レイチェルには手出ししていないって。でも、極秘の裁判は避けられないの。レイチェルが無罪を証言してくれるとも思わない。皇妃はね、誘拐に関係した兵士を既に三人殺しているわ。だから、皇妃があなたを救ってくれるなんて思っては駄目。むしろ口封じのために殺されてしまう。裁判で勝ち目はないの。皇帝も皇妃も生き残ったあなたに全ての罪をなすりつけようしているから。私ならあなたをこの牢屋から逃せるわ。鍵を少しばかり拝借して、駿馬を用意しておくの。もし、あなたが洗いざらい知ってることを話してくれるなら、よ」
「あなたが?」
ヘンリーは仰天していった。




