陵辱のあと
目を開けるのが怖かった。微かな波の音。人の気配。手足は柔らかで清潔な寝具にくるまれているらしい。四肢の感覚が麻痺していた。阿片を服用していたのだ。さもなければ、身体中が痛んで、寝るどころか、呼吸さえままならなかっただろう。意識も朦朧としていた。
「レイチェル」
誰かが名前を呼んでいる。
薄目を開けた。少女の顔が近くにある。眉間にしわが寄っていた。泣きそうな必死な顔をして、祈りのように文句をつぶやいている。
金髪が日の光にあたって、きらきら輝いていた。黒い大きな瞳は、病人のように潤んでいて充血している。少女は質素な紺色の麻のドレスを着ていた。美しい金髪も清楚に白いリボンで一つに束ねている。
「ああ、レイチェル!目を覚ましたのね。よかった、よかったわ。神様に感謝しなくちゃ。でも、その前にあなたに謝らないといけないわ……」
少女が目に感激の涙をたたえて言った。
ところが、レイチェルには相手の少女が誰なのかわからない。ただ、ぼんやりとした顔で見つめていた。
「メアリー?」
扉が開いて、青年が入ってきた。アレックスだ。少女はベッド脇の椅子から立ち上がって、アレックスのもとへ駆けてゆく。
「意識が戻ったわ。ちょうど今よ」
メアリーが上目遣いで青年におもねるように言った。
「それはよかった。看護婦はどこだ?」
アレックスが二階にある部屋を見回す。
「お昼寝してるわ。昨日ずっとつきっきりだったんですもの。代わりに私が看病しているの」
メアリーが答えた。
「メアリー、それはまずいぞ」アレックスがメアリーを部屋の隅に引っ張っていって言う。「君はレイチェルから離れておくべきだ。責めるつもりはない。だが、彼女が真実を知ったら身体にさわる。ひょっとしたら、もう知っているかもしれない。罪を償いたい気持ちはわかるが、今は離れておくべきだ。皇妃にレイチェルの看病をしていることを知れたらどうなる?君まで危険が及ぶぞ」
メアリーは顔をこわばらせて頷く。アレックスの言う通り、考えなしだった。レイチェルが真実を知ったら、メアリーを恐れ、憎むだろう。それも当然のことだった。
折悪く、レイチェルの意識が覚醒した。アレックスの声を聴いて、異様なほど怖がりはじめたのだ。彼がちらりと動くだけで、身体をぶるぶると震わせている。
アレックスの声で陵辱の記憶が甦る。自分の体に覆い被さる男。嘲笑。この部屋で死ぬのだという恐怖と絶望。耳元に残る荒い息遣いと罵倒の言葉。殺されないために、最後の尊厳まで捨て去って哀願した。自分の泣き叫ぶ声が脳裏に残っている。男たちは、哀願の言葉さえもせせら笑った。
「レイチェル、大丈夫よ。この人があなたを救ってくれたの」
メアリーが怯えきった病人に向かって言う。
だが近づこうとすると、レイチェルは太陽をもつんざくような凄まじい声を上げた。
「近寄らないで。あなたが何をしたのか知ってるのよ。私が憎いからって、皇妃に引き渡して、口にするもおぞましいことをさせたの。あなたは魔女よ。地獄の火で焼かれるがいいわ!未来永劫そうやって苦しめばいいのよ」
メアリーは小さく悲鳴を上げると、真っ青になってレイチェルの部屋から逃げていった。




