皇妃の隠し部屋
父の書斎に入ると、書記の青年がいた。アレックスが部屋に入ってきたのに気づいて、静かに席から立つ。直立不動の姿勢だ。
「父上の行き先を知らぬか?」
アレックスが訊ねる。
「陛下はいま地下で取り込み中でございます。地下での用事が済むまで、何人とも話す気はない、と申しつかっております、殿下」
青年がよどみない調子で説明した。
「急を要することなのだが」
書記のあくまでも淡々とした口調に苛立って言う。
「申し訳ありませんが、陛下の厳命です」
アレックスはため息をついた。書記の頬が微かに痙攣する。
どうやら皇子は歓迎されざる客らしい。父が地下で何をしているかは知っていた。拷問という仕事を嫌がっていることも。
リチャードに皇妃とレイチェルのことを話している時間はない。一刻も早くレイチェルを救い出さなければならないのだ。〈兵舎〉出身の兵士三人と皇妃の私室に向かった。
隠し扉は一目ではわからない。人魚のタピスリーの下に隠れていたのだ。
皇妃の私室はいつもの如く、強烈なお香の匂いがした。アレックスは一度も皇妃の私室に入ったことがない。豪奢な部屋だった。皇妃の宝石狂いは宮廷ではよく知られていることだ。金や真珠の装飾が部屋の内装にふんだんに使われている。
レイチェルの弱々しい悲鳴が微かに聴こえてきた。兵士たちの肩に緊張が走る。アレックスは先頭で慎重に剣を抜いた。
扉をこじ開けると、憐れな少女は灰色の顔をして地面に横たわっていた。すでに虫の息である。髪は引きちぎられ、下着は血と泥で灰色になっていた。皇妃の姿はない。レイチェルの隣で、男が一人、喉を掻き切られて事切れている。
男たちは抵抗しなかった。メアリーが見たせせら笑いの陰は跡形もなく消え、顔に恐怖の色をはりつけている。男たちは〈処刑広場〉の隣の牢獄へと連行された。
レイチェルは微かに頭を動かし、何か喋ろうとしている。アレックスは駆け寄って、マントで体をくるんでやった。
「もう大丈夫だ。医者のところに運ぼう」
アレックスが優しい声でいう。
レイチェルは涙を流して、首を横に振った。
「皇妃よ。皇妃が彼を殺したの。皆殺しにするつもりだった。私も今ごろ死んでるはずだったのに」
アレックスはそばに横たわる死体を見やってうなずいた。
「誰にも、君を殺させやしない。もう安全だ」
皇子はすすり泣くレイチェルを抱えて、血が流された隠し部屋を去った。




