夫婦は似る
廊下を歩いていると、動悸がした。メアリーは罪の意識を人生で初めて経験した。自分が取った行動によって、何もかもが恐ろしい方向に向かおうとしている。
リリィには言えなかった。廊下ですれ違った時、険しい顔をしていた。アレックスに話そう。とりあえずは……。
朝の〈競技場〉。がらんどうで、砂ぼこりが舞っている。
皇子が槍をもって馬に乗っていた。顔に厳しい表情をたたえて、早駆けしようとしている。馬上槍試合の練習だろうか。
「メアリー、朝から早いな。練習の見物か?」
アレックスが槍を傍に放り、メアリーの方に馬を進めた。
「ええ、まあ。込み入った話があるの。あなたにしか話せない」
メアリーがうつむいて言う。
「場所を変えるか?」
「いいえ、ここでいいわ。私たち以外誰もいないし」
慌てて言った。
アレックスが馬をひらりと降りて、メアリーの横に並ぶ。メアリーは口の中が乾いて、しばらく言葉が出てこなかった。
「馬上槍試合は重要だ。将来の妻の尊敬を勝ち取るために。カリーヌ王女との婚約は知っているな?」
メアリーは心ここに在らずといった表情でうなずく。
「リリィにも王子たちがいるわ。エドマンドとレネーが手強いらしいわね」
アレックスは会ったことのないカリーヌにちょっと思いを馳せた。気立てのいい美人だという。
「それで、話って?」
メアリーはかぶりを振り、腕を組んで歩いた。
「二日前、恐ろしい、愚かなことをしたの。アレックスなら、私が普段から馬鹿で薄情な女だって知ってるでしょ。でも、そんな可愛らしいものじゃないのよ。罪深いことをしたの。私はレイチェルが嫌いだった。憎んでいたの。でも、決してあんなことをしようとしたんじゃないわ」
メアリーはやがて、二日前の出来事を語り始めた。我が身を怖がるかのように、自分自身の罪を恥じるかのように、ゆっくりと。
三日前の夜、メアリーは皇女の私室に入った。なんてことない。リリィと就寝前におしゃべりしようと思っていたのだ。だが、リリィは入浴していて、レイチェルと一緒にいた。レイチェルと同席するなんて耐えられない。顔を出さずに自室に引き返そうと思った。しかし、レイチェルがしていた話が気を引く。切羽詰まったような、怖がるような口調だ。人魚を目撃した話である。迷信深い彼女のことだから、信じ込んだのだろう。
翌日、レイチェルの子供騙しの話なんか忘れてしまっていた。皇妃と話して、魔がさすまでは。
ほんの出来心だった。レイチェルを皇女の私室や〈崖の家〉から追放できればいいと願ったのだ。ヘレナに人魚の話を告げ、レイチェルは気が狂っていると話した。
まさかあんな大事になると思わなかったのだ。レイチェルは近衛兵に逮捕された。
「それじゃあ、皇妃がレイチェルを捕えたのか?今はどこにいるのか知ってるのか?」
アレックスがすっかり驚いていった。
「レイチェルがどこにいるのか、何をされているのか、知ってるわ。たまたま見ちゃったの。さっき、皇妃様の私室に入ったら、誰もいなくて、ベッドのシーツに赤いシミがついてた……」
メアリーはそこまで言うと、恐怖で体を打ち震わせて、泣き出した。彼女は知らなかったが、その赤いしみは暴行のあとだったのだ。
アレックスは途切れ途切れの話からなんとか推理を組み立てた。
恐らく、メアリーは皇妃の私室の隠し扉から、レイチェルが拷問される様子を目撃したのだ。
隠し部屋の中で、おぞましい光景が繰り広げられていた。レイチェルは下着同然の姿で、さびれた鉄の拷問台に縛りつけられている。質問の合間に、水の入った桶の中に、顔を押し込まれた。髪も下着も水に濡れてはりつき、白く健康的な体があらわになっている。下着にはナイフで切り裂かれたあとがあった。
レイチェルは既に瀕死の模様で、か細い声で泣いている。一日続いた水責めに、質問に答えられるような気力も残っていない。哀れな少女を皇妃と男たち三人が取り囲んでいた。眉一つ動かさない皇妃とは対照的に、男たちは残虐な快楽に興奮している。
メアリーはすっかり動転して、一目散にその場から逃げ出し、アレックスのもとへ向かったのだ。
「こんなことになるとは思わなかったわ。ごめんなさい。赦して」
メアリーが弱々しい声でいう。
「謝る相手は僕じゃない。だけど、君が残虐な人じゃないことは知っている」
アレックスはそう言うと、剣を腰にさして、その場を後にした。




