密告
三人の証言が揃えば、いよいよ人魚が実在するのではないか、という気も起こるものだ。
リリィは浴室での会話の後、兄にレイチェルの話を告げた。話さずにいられなかったのだ。
「やっぱりあれは幻覚じゃなかった。三人の目撃者がいるんだ」
アレックスはロトに肉の塊を投げ与えながら言う。興奮した口ぶりだった。
「だが、なぜ僕らの前に現れたんだろう?」
アレックスは人魚に何らかの意図があると睨んでいた。特にリリィに関しては、自分たちの領域まで連れていったのだ。
「私、人魚が怖いわ。あの嵐は人魚が起こしたのよ。それで私もルースも死の淵までさらっていっちゃったの。私は海の上へ這い上がれたけれど、ルースは違った。死んじゃったのよ」
リリィがじゃれついてくるロトの頭を撫でてやりながら言う。嵐の時に経験したことを思い出すと、目に涙がにじんだ。一生、お城へ帰れないと思っていた。二度とあんな思いをしたくない。
アレックスは黙ってかぶりを振った。彼は怖い思いをした妹の意見を否定する気になれなかった。だが、話を聞く限り、人魚はリリィに危害を加えようとしているのではない。海の住民たちはこれからも皇女と対話しようとするだろう。何か交渉を持ちかけてくるはずだ。その時にリリィを守ろうとする者は……
「そういえば、お父さまとまた話したの。馬上槍試合もわたしの命名日の祝宴も、全部エイダ王家の方たちが出席するんですって。お父さまが王子を一人一人見極めるそうよ」
リリィが憂鬱そうな口調で言った。
「呪わしいね」
アレックスがいう。
リリィは笑って義兄を振り返った。
「それとも、幸運と思うべき?お兄さまだったら、誰をわたしの花婿に選ぶかしらね」
「答えを聞いたらうんざりするさ。あいつらは誰一人としてお前にふさわしくない」
アレックスがキッパリと言う。
二人はロトを連れて、森の中の小さな水車小屋へ向かった。図書館の森のこの水車は粉を引くのに使われてはいない。アレックスが子どもの頃に取り付けたミニチュアだ。小川の流れにそって、水車がクルクルまわる様は見ていて楽しかった。
「お父さまもお兄さまもエイダの王子たちを信用していないのね」
リリィが嘆くふりをする。
「お前は結婚したら油断できないな」
皇女と王女の交換は戦争に難航しているイリヤにとっての打開策だったのだ。
翌朝にはメアリーとマティアスと庭園を散策する約束があった。すでに結婚の契りを交わした二人だったが、悩み事があるらしい。リリィには何が原因なのかわかっていた。
「私たち、悩んでることがあるのよ、リリィ」
メアリーは二人からやや距離をとって歩いていた。
「そう、じゃ、何でも話して」
リリィが素っ気ない口調でいう。
メアリーはくるりと向きを変えて、リリィを睨んだ。リリィはたじろがずに、メアリーを見つめ返す。
「私たち、お互いを愛してないのよ。まったく興味がないの。こうなったら、結婚生活が悲惨なものになるって想像に難くないでしょ。それでも、両家の繁栄のために結婚しなければならない。つまりね、ある問題を抱えているの。寝室での問題よ。ベッドの中での」
「あら、そのことなら、私は頼りにならないわよ」
リリィが慌てて言った。二人の寝室の事情に関わるなど、まるで無駄で、その上、気づまりなことだ。
二人がまったく愛していないというのは嘘だ。マティアスはメアリーを愛している。
「メアリー、馬鹿げているよ。そんなこと、リリィに話すな」
マティアスが厳しい口調で言った。
「二人がどんなことで言い争っているのかは知らないけれど、話を複雑にしないことよ。それより、レイチェルを知らない?今朝からあってないの」




