三人の王子
リリィとメアリーは夜の露店を渡り歩いた。初めのうちはしつこい物乞いや荒くれ者たちが怖かった。リリィが今まで聞いたことのないような汚い言葉を使うし、みんな二人より背が高い。
すぐに慣れてはしゃぎ出す。それでも二人はずっと手を離さずに歩いていた。
「エイダの王子と結婚ってどういうことなの?」
メアリーが声を落としてきく。
「私もよくわからないの。さっき、お父さまと書斎で会って話したわ。エイダと和平を結んで、お城で宴を開くのよ。そこでお見知りおきをするわけ。でも確実に決まったわけじゃないそうよ」
リリィが路地裏にメアリーをいざないながら言った。人の耳が心配だったのだ。
「エイダには王子が三人いるわ」
メアリーが注意深い顔をしていう。
「そうなの?その内の誰かもわからないわ」
リリィは迷子になったような気分になった。つい最近まで戦争をしていた国の王子のことなど何も知らない。それにしても、こういうことになると、毎回リリィが何も知らなくて、メアリーが何でも知っているのはなぜだろう。
「三人全員知ってるわ。エドマンドとギーとレネーよ。誰がいいかしら?」
メアリーが脚の悪い物乞いに銀貨を投げ与えながらいう。
銀貨を拾った老婆が罵声を浴びせてきた。歯がない口で喋っているので何を言ってるのか聞き取れない。メアリーは老婆の罵声に動じる素振りも見せなかった。
「さあ。どんな人たちなの、噂では?」
リリィが他人事のように聞く。
メアリーは水を得た魚のように、嬉々《きき》として質問に答えてくれた。
長男のエドマンド・ウィゼカはもっぱらエイダの次期王という噂であり、公務でも、政治の大事な決め事でも、表に出てくるのはこの王子である。歳の齢は三十で、もう結婚していてもおかしくない年頃だった。特別ハンサムなわけでも、頭がいいわけでもなかったが、王太子という身分あって王国中にもてはやされている。
「でもね、王位継承者といえども弱みはあるわ。愛人がいるらしいの」
メアリーが声をひそめて言った。
「愛人?」
リリィが鸚鵡返しにきく。
エドマンドにはレアとメアリー=ジェインという姉妹の愛人がいた。今は妹のメアリー=ジェインの方に骨抜きにされて、莫大な財産をつぎ込んでいるらしい。父親のフランク王は娼婦まがいの女とエドマンドを引き離そうと躍起になっていた。
「なんだか厄介そうね。エドマンド王子は私では役不足よ。だって結婚したら、彼だけじゃなくて、愛人の姉妹がついてくるんでしょ?そんな女たちと関わり合うなんてご免よ」
リリィがエドマンドを切り捨てる。
「愛人にだって飽きるわ。エドマンドはあなたに夢中になるかもしれない。彼と結婚すれば王妃になれるのよ」
メアリーがなおも言った。
「メアリー、あなたがなりたいのはね、王妃じゃなくて女王よ。エドマンドと結婚しても何にも自由にならないの。王妃と女王を混同しちゃだめよ。そんな顔しないで。ギーの話をしてよ」
リリィはメアリーの非難がましい顔を無視して、話のつづきを促す。
「ギーは特に面白みのない人だわ。エイダの南の方の領地を管理して暮らすそうよ。数え年で二十三で、婚約者も知られている恋人もいない。ギーより末っ子のレネーの話をしましょうよ。彼、エイダの英雄なのよ」
イリヤの属国であったエイダが、負けずに持ち堪えられたのは、この若き王子の活躍あってのことだ。彼はもともと僧侶になるはずだった。だが、王に剣の腕と緻密な戦術をかわれ、騎士へ、やがて一国の英雄となったのである。普段は心優しい青年だった。というよりも、ほとんど少年に見えた。純粋なのだ。
「それで、あなたは誰を夫にするつもり?」
メアリーが焼きリンゴをリリィに渡してきいた。
リリィがかぶりをふる。
「お父さまが決めるわ」
胸が苦しくなった。
「あなたに選ぶ権利があるのだったら、レネーでしょうね」
メアリーが低い声で言う。
不意に男が背後から出てきて、二人の背中に触れた。頭巾をかぶっていて、顔はよく見えない。
「ジョン!あなたも外に出てたの?」
メアリーが嬉しそうにして言う。
「リリィも出てたとは」
ジョンがリリィに向かってウィンクした。
「お父さまから許可が出たの」
リリィがモジモジする。
「路地裏なんかで何してる?男でも危ないのに」
ジョンはちょっと面白がってきいた。
「リリィの結婚の話よ。エイダの王子の誰かが結婚相手になるんですって」
メアリーがすかさず答える。リリィにはぼかしておきたい話だったのだが。
「ああ、知ってるよ。大方エドマンド王子だろうが。それともフランク王の寵児のレネーか。エイダといえば王女も来るのを知っているか。カリーヌ王女とアレックスの縁組も考えてるらしいな。まったく、アレックスも運のない奴だよ」
リリィは心配になってメアリーを盗み見た。真っ青な顔をしている。これから大変なことになりそうだ。




