表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇女リリィの結婚物語  作者: 緑みどり
黒い秘密
40/123

砂糖菓子の降る夜

 リリィが中庭で垣根の修繕しゅうぜんをする庭師と話していると、皇帝のつかいが馬に乗ってやってきた。明日また嵐になるので、崖の上に戻るようにとの話だ。リリィは脳裏のうりにトゥーリーンの横顔が浮かんできて、返事を躊躇ちゅうちょしてしまった。


「それに、元気になったお姿を父君に見せてはいかがです?陛下も喜ばれますよ」

 遣いの兵士が言葉を重なる。


「でも、父は忙しいのでは?」

 リリィが言った。


「迷惑することはありません。陛下のご要望ですから」


「わかったわ。レイチェルと行くから、お父さまに伝えておいてくださる?」

 リリィが明るい声で頼んだ。


「ここで待ちますよ、皇女様。陛下のご命令です」


 リリィは慌てて館に入ると、レイチェルを探してことの経緯いきさつを伝えた。



 リチャードは〈皇帝の宮〉の書斎しょさいにいた。リリィが部屋に入ると、筆をおき、文書から顔をあげる。書記の青年が文机ふづくえにあった書類ごと、隣の部屋へ消えていった。


「お父さま、本物のお父さまなのね」

 リリィはそう言うと、まっすぐ父を抱きしめた。


 父の腕の中で、恐怖と緊張がぬけてゆくのかわかる。あの人魚の言ったことが恐ろしかったのだ。いきなり、赤の他人に「娘よ」なんて呼びかけられたら怖いにきまっている。だが今は、父が目の前にいて守ってくれる。


 書斎は昼間には蝋燭ろうそくがつかないので薄暗かった。どの棚、どの抽斗ひきだしにも紙の文書が山積みになっていて、埃くさい。重々しい雰囲気の部屋だ。


「お前が無事でよかった。奇跡だよ。お前をうしなっていたかと思うと……恐ろしい。だが三日もどこにいた?」

 誰もしてこなかった質問だ。リリィは首を振ってまっすぐ父を見た。


「覚えてないんです。でも、砂浜でトゥーリーンという名の少年に命を助けられました。息のできなくなっていた私に薬をのませて、服を与えてくれた……」


 父に話せば、トゥーリーンの居場所が知れるかもしれない。彼の正体だって。


「そうか。父親としても、その少年にお礼を言いたいところだな。だが今夜は町に出ないのか?エイダの王子が来る前に、街の夜を見ておきたいだろう?」


「ええ、でも」

 リリィが言いよどむ。


 いろんな感情がごちゃまぜになった。いきなりそんな自由がゆるされていいのだろうか。夜のまちなど皇女が行くのに一番危険そうな場所ではないか。もし許されたとしたら、それはそれは素晴らしいことなのだけれど。


 外套がいとう頭巾ずきん目深まぶかにかぶり、くるぶしの見えるスカートをいて町娘のふりをする。雑踏ざっとうのなか、屋台ではピンからキリまでの品物が売り買いされているはずだ。赤い唐辛子に人魚のうろこ、かつての偉大な王の寵妃ちょうひの髪の毛。砂時計、毛皮のマント、さそりの粉末。とにかく怪しい品がいっぱいだ。異国の奴隷商人だって裏通りにひそんでいるかもしれない。


「エイダの王子をお前の結婚相手に考えている。一度会ってみないとわからないが。お前は気に病むことはない。どこの馬の骨ともわからん奴と結婚させる気はないからな」


 皇女は結婚の話を聞いても動揺しなかった。乳母のアビゲイルも母も、結婚に幻想を抱かせることなどしなかった。婚姻こんいんは政治であり義務なのである。それは、皇家に生まれた者ならば、男であろうと女であろうと変わらない。


 老人のもとにとついでいった貴族の娘を知っている。エイダの王子は老人ではないし、結婚の前に顔を合わせてお互いのことを知ることができるので、いいほうなのだ。



 メアリーは城門の近くで待っていた。リリィが近づくと、頭巾をおろして笑顔で手を振ってくる。リリィは駆け寄っていって、笑顔で挨拶を交わした。

 町の夜を二人で連れ立って歩いた。


 町はにぎわっていた。坂道にそって屋台が所狭ところせましと並んでいる。子どもやカラスがあちこちを飛び回っていた。人混みで熱気がする。銅貨が道端みちばたに放り捨てられ、女たちが慌ててエプロンに金貨を詰めていた。


「幸せね。私たちって永遠に若いんだわ」

 メアリーが大きな声で言う。


「ええ。そんな気がするわ。私、エイダの王子と結婚するかもしれないの」


「何ですって!」メアリーは頓狂とんきょうな声を出すと、リリィのほほにキスした。「イリヤの皇女にして未来のエイダの王妃にキスよ」


 リリィがくすぐったがって笑い声を上げた。メアリーも曇りのない笑い声を上げる。二人はしあわせで、奇妙なほど孤独だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ