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皇女リリィの結婚物語  作者: 緑みどり
海と断崖
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ライオンのロト

「アレックスがくれたライオンの赤ちゃんの名前、まだ付けてないの」

 リリィが城門から海岸へと続く坂道を歩きながら言った。

 隣にはジョンとレイチェルが歩いている。メアリーは誘っても来てくれなかった。ヘレナと花嫁衣装を見るらしい。


「なんか考えてはあるのか?」

 ジョンがきく。


「いいえ、まったく思いつかない。あなた達に手を貸してほしいのよ」


 雨が降ってきた。ジョンが舌打ちして、「お嬢様ふたりに」とマントを貸してくれる。


「雲行きが悪いわね。嵐になるかもしれないわ」

 リリィがぼやいた。


「嵐?」

 レイチェルが怖がって言った。


「大丈夫だ。〈崖の家〉は頑丈でね。ひどい時は三階に避難ひなんすることになるけど」

 ジョンがそう言って口笛をふく。


「ジョンったら、レイチェルを怖がらせないでよ。そうなる前にお城へ帰るでしょう?」

 リリィがレイチェルの怯えた顔を見て慌てて言った。まったく、ジョンときたらレイチェルを揶揄からかわずにいられないらしい。


 〈崖の家〉につくと、女中が居間の暖炉だんろまきを足していた。本当に嵐になりそうなのだと言う。


「嵐になる前に、中庭にライオンを見に行きましょう」

 リリィが温めたミルクを飲んで言った。


 レイチェルは快適な暖炉とパイナップルとパッションフルーツを前にして、皇女の提案に躊躇ちゅうちょした。


 パイナップルなんていう南国の果物は、ざらに食べれるものじゃない。ライオンだってイリヤでは珍奇ちんきな生き物ではあるが、空恐ろしいではないか。それに、宮廷の貴族連の中ではしたのレイチェルはひもじい思いをしていた。


「心配しないで。果物ならアレックスは切らさないようにしてるから。ライオンだってまだ、ほんの赤ちゃんで、檻の中に入ってるのよ」

 リリィがレイチェルの腕をとって言った。


 〈崖の家〉の中庭は垣根かきねで、入り組んだ迷路のようになっている。垣根は背が高く、鐘楼しょうろうからでなければ、庭の全貌ぜんぼうはわからないだろう。よく知っている者でなければ、迷子になるような場所である。


 リリィは迷うことなくライオンのおりにたどり着いた。仔獅子こじしはすやすやと眠っている。ジョンもレイチェルも、この希少な生き物の赤ん坊を食い入るように見ていた。


「可愛いわ。なんてきれいなんでしょう」

 レイチェルが感極まっていう。


「アレックスもいきだなぁ。成長したら……」


 リリィにはジョンの言わんとしていることがわかった。成獣せいじゅうになったら、猫ほどの大きさの赤ちゃんも巨大な猛獣もうじゅうに変身を遂げるのだ。


「ロトだわ」不意にレイチェルが言った。何かひらめいたらしい。「この子の名前はロトよ」


 意外なほどすんなりと、その名前はライオンになじんだ。リリィはロトを気に入ったし、からかいたがりのジョンも文句をつけない。

 そういうわけで、この小さな孤児のけものの名はロトに決まった。皇女は高揚感で、レイチェルってなんて機転がきくのかしら、と思ったものだ。


「あなた達にもロトを腕に抱いてほしいのに。ルースはどこに行っちゃったのかしら」

 リリィは居間の暖炉の前に戻ってくると、ライオンの飼育係の不在を嘆いた。


「ルースだって?」

 ジョンが胡散臭うさんくさそうな顔をする。


「そうよ。ロトと一緒に向こうの大陸から渡ってきたの」

 リリィがパイナップルを口にして言った。


 レイチェルは使用人の運んできた生姜しょうが入りの鶏スープとほやほやの白パンを食べている。


「ルースはお酒でへべれけだよ。ロトの世話だけはちゃんとやっているらしいが。アレックスが他の飼育係を見つけるのも時間の問題だな」

 ジョンは冷淡な物言いをした。

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