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皇女リリィの結婚物語  作者: 緑みどり
海と断崖
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恐ろしい沈黙

 リリィは剣の贈り物が嬉しいのと、マティアスの境遇や別れが悲しいのとで、複雑な気持ちになった。


「皇妃やアレックスに知られないようにね。そんな顔してこっち見てないで、触ってみなよ」

 マティアスが感激と切なさで目をうるませているリリィに向かって言った。


 リリィが剣をとってさやから抜く。黒っぽい鋭利な刃がリリィの白い手に、鈍い光を反射した。


「素敵!美しいわ」陶然とうぜんとして言う。「ありがとう。あなたってなんて優しいのかしら」


 嬉しさのあまり、マティアスを抱きしめた。


「わかったよ。だけど、皇帝やアレックスの前で、僕と結婚してあげられたら、とか言わないでくれよ。切り刻まれてしまう」

 いきなりの抱擁に面食らいながらも言う。


「わかってるわよ。それよりもね、あなただって、メアリーの前でアレックスのことを言わないでちょうだい。今度は私が火炙ひあぶりになっちゃう」


「それは難しい注文だな」

 マティアスがとぼけていう。


 リリィが黄色い声を上げて笑った。マティアスがリリィを見つめて、目を細める。やがて二人の顔から笑顔が消え、沈黙が訪れた。気づまりな沈黙。リリィが恐る恐るマティアスの目を見る。すぐに、マティアスの方から目を逸らし、窓の方を見た。


 窓の外で、海辺を馬が走っているのが見えた。毛並みのいい、軍馬である。薄い青緑色の波が馬の足元に打ち寄せていた。ジョンが巨大な軍馬にまたがって早駆けしている。


「ジョンは残るのね」

 リリィがジョンの陽気さ加減を見ていった。


「そう。ジョンにはもう婚約者がいる。ウージェニーっていう名前の従妹なんだ。だけど、兄貴はメアリーを諦めていないぜ。どんな好敵手こうてきしゅがいるのか知ったら発狂するだろうな」


 黄昏時たそがれどきになるとジョンが軍馬にまたがってメアリーを迎えに行った。どうやらメアリーと同じ馬に乗る算段らしい。


 果たしてジョンの計画は上手くいかなかった。メアリーが馬に乗り、ジョンは手綱を引いてきたのだ。良家の子女らしく、しかるべき距離を取ったというわけだった。メアリーは悦にいって、女王さまのような風貌ふうぼうである。アレックスとマティアスはわざわざメアリーを迎えに館の外に出た。リリィも遅ればせながら、館の門までていく。


「リリィ、あなた、紅を塗ったのね!」

 メアリーがアレックスの手を借りて、馬を降りながら言った。黒貂くろてん外套がいとうを肩にかけている。


「ええ、気づいたのね」

 リリィが顔を赤くして言った。マティアスとアレックスが振り向いてリリィの顔を見たのだ。


「気づくわよ。きれいだわ」

 メアリーがそう言って、マティアスにニッコリ笑いかけた。マティアスはよそよそしい笑い方をした。メアリーはどうやら今朝マティアスを拒否したことを忘れてしまったらしい。無邪気なほどに晴れやかな態度だ。


 居間に入ると、レイチェルが長椅子の上で居眠りしていた。〈崖の家〉に来たはいいものの、話し相手がいなかったのだ。


「彼女、レイチェルだよ。確かジョンが誘ったんだろ?」

 アレックスがマティアスのポカンとした顔を見て言った。


「なるほど。兄貴ときたら、こんなところにまで連れ込んできたのか。でも、若すぎて、役目が務まるのかどうか……。彼女の歳ではこくだぞ」

 マティアスが兄の方を見て顔をしかめる。


「マティアス、怒るなよ。お前、勘違いしているぜ。レイチェルは堅気かたぎの娘だ。堅気すぎるくらいにな。リリィの侍女だよ」

 ジョンが面白がって言う。


 恐ろしい沈黙が流れた。アレックスが怖い顔をし、メアリーが咳払いする。ジョンはニヤニヤ笑っていた。マティアスはメアリーに右ならえで咳払いし、リリィは目をパチクリさせた。唯一の救いは話題の本人が起きていなかったことだろう。レイチェルは安らかに眠っていた。

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