表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇女リリィの結婚物語  作者: 緑みどり
海と断崖
22/123

皇妃の晩餐会

 〈皇帝の宿〉から出ると、アレックスが少し歩こうと言った。静かな美しい夜である。リリィの涙もおさまっていた。兄に肩を支えられるようにして歩いてはいるが、感情はたかぶっていない。あまりの悲惨さに体中の力が抜けてしまったのだ。


 二人は夜の庭園を歩いた。早咲きの薔薇ばらのかぐわしい匂いがする。秘密の恋人たちも、今夜は庭園を歩いていない。二人はしばし心地よい静寂に身を任せた。


「あの人たちはどうなるのかしら?あの人たちの家族は家に帰ってきて喜ぶかしら」

 リリィが熱に浮かされたような口調で言う。


「国のために戦った人たちだ。帰るべきところに帰るさ。そうだね、大変な苦労をするだろうけれど」


 リリィは空虚な笑みを浮かべて、噴水の音のする方へフラフラと歩いていった。


「お兄さまはどうやって折り合いをつけているの?どうやって前へ進むの?あんな恐ろしいことを経験して」

 リリィが言う。


 アレックスは一瞬難しい顔をして、かぶりを振った。リリィが目を伏せ、悲しげな笑みを浮かべる。


 皇女は噴水の中の水に手を浸して、目を閉じた。ひんやりと冷たい。


「死んだ人は生き返らない。人の命のことなら、なるようにしかならないんだ」

 アレックスが静かに言った。


「あの人たちに行き場はないわ。さっき、いっそ殺してあげた方がいいんじゃないかって思ったの。死ぬまでの苦痛なのに」

 リリィがそう言って、唇を震わせる。


「彼らには帝国が居場所をつくっている。働かなくても生きていけるんだ。お願いだからリリィ、彼らのことをあわれむのはやめてくれ。兵士たちはみんな覚悟してるんだ」


 兵士たちが覚悟しているのは名誉の戦死だ。脚を失って国のお荷物になることでも、視力を失って美しいものを二度と見えなくなることでもない。剣に倒れるなら我慢できよう。だが、死ぬまで一人で歩けなくなるのだとしたら?死ぬまで永遠に暗闇の中だとしたら?


「メアリーに本当のことは言わないの?」

 話題を変えた。


「言うべきだろうね。でもひょっとしたら気付いているかもしれない。察しがいいから」

 

 メアリーのある種、攻撃的な性格は母の過去を知っているからなのかもしれない。彼女は何か強烈なコンプレックスを抱えているのだ。


「お父さまがトマス卿にマティアスとメアリーの縁組のことを話していたわ。何だか変な感じ。私には二人が結婚するようには思えないわ」

 淡々とした口ぶりで言う。


「父上には好都合な話だろうね。トマス卿は忠臣だし、昔反乱を起こした老トルナドーレ卿はメアリーの監視で繋ぎとめておける。だけど、リリィの言う通り、変な感じだ。マティアスがメアリーのことを憎からず思っているのは知っている。でも、ずっと一緒に育ってきたからね」


 リリィにはわかっていた。メアリーはこの縁談を聞いたら怒るだろう。皇帝の命令であろうと承諾するはずがない。


 その頃、メアリーは〈皇妃の館〉の大広間で座っていた。ヘレナに招かれるままに、皇妃の隣に座り、会話に付き合う。

 皇妃はエメラルドグリーンのサテン生地のガウンに黒いレース飾りの裾をひきずっている。誰とも踊る気がないらしい。今夜の夜会は皇妃の主催したものだ。皇帝はヘレナの開く夜会に一度だって顔を出したことはなかった。


「教えて、メアリー。今日のお目当ては誰なの?」

 ヘレナがささやく。メアリーが皇妃の大胆な質問に笑った。


「ある騎士です、皇妃さま。でも踊るつもりはありませんの」

 メアリーが上座から大広間を眺めて言う。ツンと澄ました様子で扇子せんすを畳んだ。


「トルナドーレなら今夜も来るでしょう」

 ヘレナが耳打ちする。


「いいえ、あの兄弟じゃありません。マットという〈兵舎〉出身の騎士です」


 ヘレナはちょっと身を離して、メアリーを横から観察した。メアリーは時々、変わったことをするものだ。


 音楽が流れ、若くハンサムな男たちが客人にシャンパンを差し出している。演奏もダンスもシャンパンは途切れることなく消費されてゆく。惜しむこともなく、一晩中、世が明けるまで。幸福な恋人たちは頬を染め、踊りで息を切らし、クタクタになるまで一人を見つめ続けた。騎士たちは広間の端から虎視眈々《こしたんたん》と想い人を狙っている。乙女たちは、女友だちと座って、ただ待っていた……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ