女、女ども!
リチャードは傷病室に入るとすぐに、忠臣リー・トマスの方へ大股で歩いていった。
リー・トマスは寝床の白いシーツの上で上体を起こして、夕食を取っている。包帯もとれて元気そうだ。リチャードの姿を見ると、打ち解けた様子で声をかけた。
「リー、無事で何よりだ。傷病室は気に入ったか?兵士のために作ったのだが。命を懸けて戦ってくれている」
リチャードが気さくな口調で言う。
「壁も天井も何もかも真っ白で気が滅入る。だが、悪くない。食事は美味しいし、手入れが行き届いている」
リーが渋々《しぶしぶ》批評した。こんな傷病室、部屋ごと地獄に堕ちてしまえ、とでも言いそうな、険しい顔つきである。
たしかに部屋の中は全て白だった。死人も病室があまりに眩しくて死にきれないに相違ない。看護婦の衣服も白、食器も白、包帯も白、カーテンも白、窓からのぞくのも、白い雲……。きわめつけは傷病者に着せられる白いガウン!出陣して傷を負った大の男が喜びそうな代物である。
「おかげで傷も早く治った。明日には妻と娘を連れて領地に帰るつもりだ」
リーはそう言い放つと、チラリとリリィの方を見た。そう言えば彼はまだ皇女に挨拶していない。
「ずいぶん急だな。アビゲイルもメアリーも連れ帰ってしまうのか。それは困るな。ヘレナが許すはずがない」リチャードがそう言って、静かにしてる娘の方を振り向いた。「リリィ、お前もメアリーと別れるのはつらいだろう?どうして二人を都から連れ去ろうなんて思い立った?いや、俺だってお前が後継ぎの顔を早く見たいのはわかる。止めようっていう気もない。だが、メアリーは宮廷で申し分のない教育をしてやってるだろう?結婚相手にだって欠かない。聞いたところでは、トルナドーレの弟の方と相思相愛だそうだ。悪くない縁組じゃないか。それをどうして、あんな寂しい城に閉じ込めようとする?」
「問題は跡継ぎのことではない。死後のことなどどうでもいいんだ。トマス家にも他に男がいるだろう。女、女だ。アビゲイルを妻として娶ったのが間違いだった……」
リリィはリーの嘆きように不穏な顔をした。アビゲイルを妻としてめとったのが間違いだった、なんて。ひどく残酷な言葉だ。だが、リーの言ってること全部は理解できなかった。知らない真実があるらしい。
「アビゲイルを正妻にするよう薦めたのはヘレナだ。だが、私もこれに関しては同意見だ。彼女を妻として認めればメアリーの権利を守ることができる」
リチャードが文句をさえぎった。
リーが呆れるよ、とばかりに首を振る。
間合い悪く、皇子が傷病室に入ってきた。夜会に参加するつもりが、止めて父親とリリィのところに来たらしい。洒落た服を着ている。リーの顔がさっと曇った。アレックスはリーの不機嫌に気づかずに、子羊のように善良そうな顔をして声をかけに来た。
「どうやら二人で話し込んでいるようですね。僕たちは先に兵士たちの見舞いにまわっていましょうか」
アレックスがリーの言外の拒絶と悪意を汲み取って提案した。
リリィは救われた気がした。アビゲイルやメアリーのことを思うと悲しい。父とリー・トマスに挟まれて空気になるのも嫌だった。
「リーに何か言っちゃいけないことでも言ったの?まるでお兄さまを憎んでるみたいな顔してたわ」
リリィが歩きながら言った。
アレックスは唖然として一瞬言葉を失う。リリィはクスクス笑って、兄と手を繋ぎ、スキップし始めた。