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皇女リリィの結婚物語  作者: 緑みどり
海と断崖
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悪い魔女、良い魔女

 成人に達したリリィとアレックスは、それぞれ馬を連れて〈競技場〉の中を歩いていた。原っぱから移動したのだ。


「とにかく、メアリーはお目当てのものを手に入れたわ。天晴あっぱれね。でもメアリーが本当に魔女と会ってたなんて。私、あの記憶は夢のものだと思っていたのよ。本当にメアリーの金髪は魔女の秘薬のおかげだったのね」

 リリィがひどく楽しそうな様子で言った。メアリーが大好きだったし、アレックスとこうして外出できるのは嬉しかった。


 微風が吹いて、競技場の中の砂が小さなうずを巻き起こす。リリィがクスクスと笑い声を漏らした。アレックスが妹と視線を交わして笑う。


「全部本当に起こったことさ。僕は後悔してる。メアリーには言いたくないけれど、秘薬には何か邪悪なものがひそんでいる。あの薬をのんだせいで、メアリーは高熱を出して、三日三晩寝込んだんだ。三日目には髪色も変わって、お望みの金髪娘が出来上がったわけだけど。でもそんな単純な話じゃない。魔女は何度もお前に会おうとした。我らが親愛なる義母上ははうえ殿どののおかげで、実現しなかったが、魔女はお前に執着しゅうちゃくしすぎている」


 リリィにはなぜ父や義兄が小島の魔女を逮捕たいほしないのかわからない。リチャードは魔女狩りに力を入れていたし、アレックスの代になっても、それは受け継がれるだろう。だが、イリヤ帝国は小島の魔女にだけは手出ししなかった。何か逮捕できない理由があるのではないか。


「あの魔女は、悪い魔女じゃないわ」

 リリィが魔女をかばう。


 アレックスは眉間みけんにしわを寄せて、かぶりを振った。いくら言い聞かせようとも、リリィは魔女への信頼をひるがえそうとしない。もう十五歳で、十分な判断力を持っているべき年齢としなのに。


「どうしてそう思う?」


「お父さまもお義兄さまも最初から疑ってかかってるわ。言い分を聞こうともしない。私、あの人たちに同情しているわ。処刑広場には入れないけれど、何が行われているかは知っている。残酷で恐ろしいことよ。あの匂いも、裁判の日の叫び声も、耐えられない。つらいの。あの人たちが死ぬたびに、私も死んでいるの……」

 リリィが声を震わして語る。


 魔女裁判の日、つまり処刑の日、リリィは気が狂いそうなほど苦しい。どうか彼女たちを救ってください、と祈り、いつか父が魔女狩りをやめてくれるように、と願う。心臓が真っ二つに裂けてしまいそうなほど苦しい。夢の中で、リリィは彼女たちと火に包まれている。全身は熱いのに、悪寒がする。呼吸ができない。叫ぼうにも喉が焼けついて声が出ない。彼女たち—魔女たち—がリリィに手を差し伸べる……


「リリィ、気持ちはわかる。だが、魔女の存在は実際に害をもたらし、民を苦しめるんだ。もし、イリヤの繁栄はんえいを願い、父上や僕の治世の安泰あんたいを祈るなら……」


 〈競技場〉に騎士たちが入ってきて、アレックスの演説が中断された。騎士たちは皇子と皇女に遠くから会釈をよこす。他の者は遠慮してやってこなかったが、その内の一人が近づいてきた。


 どうやらアレックスの知り合いらしい。アレックスは歩み寄って騎士の肩を叩いた。騎士は鎖帷子くさりかたびらをきて、腰に剣をたずさえている。剣のつかには人魚の刻印がおされていた。


「〈兵舎〉の有望な兵士だ」

 アレックスが妹に耳打ちする。


 リリィは兵士を盗み見た。若く、男としては背の低い方だが、頑強な肉体の持ち主だ。身のこなしには軍人特有の無駄のない美しさがあった。


「マットだ。ジョンの悪友だよ」

 アレックスが紹介する。

 マットは皇子に向けてニヤッと笑うとリリィに頭を下げた。どうやらリリィが皇女だと知っているらしい。リリィは失望を隠すように、そそくさとお辞儀した。


「〈兵舎〉中の人間が、姫君と侍女殿じじょどのの姿を一目見ようと浜辺に出るんです。馬鹿な連中でしょう?」

 マットが言う。


「いいえ。メアリーでしょう?」

 リリィがそう言って頬を赤らめた。

 初対面の男と話すのは気恥ずかしい。皇女の身分も、男のリリィへの関心も状況を悪くするばかりだ。


「リー・トマスの娘だ。なかなかの美人だが、肝っ玉がすわっている。彼女にはちょっかいかけない方がいいな。じゃじゃ馬だよ」

 アレックスが口をはさむ。


「止めるなよ、殿下。俺はあのと踊れるなら、明日戦場に舞い戻ってもいい。なんて娘なんだ!」

 マットが興奮した口ぶりで言った。


「メアリーは確かに素晴らしいさ。だが、俺はあてにするな。お前とメアリーは引きあわせられない。理由はわかってるだろ。メアリーはあれでも大事に育てられてきた娘だ」

 アレックスがキッパリと言う。


「冷たい奴だな。だがいい。今度、馬上槍試合ばじょうやりじあいがある。その時に会えるさ」


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