処刑広場
城に帰るとメアリーがりんごの木の下で待っていた。もう夕食の時間はとっくに過ぎ、辺り一面暗くなっているというのに。ドレスも着替えていなかったので、アレックスが昼過ぎに城を出てからずっとここで待っていたのだろう。
メアリーはアレックスに気づいていなかった。木の根元にグッタリと座り込んで、子どもらしい声で独り言を呟いている。無防備に見えた。
夜のしじまの中、皇子はゆっくりと少女に近づいていった。メアリーは一向に気づく様子を見せない。アレックスは声をかけるのを躊躇った。
「お妃さまが気に入った髪飾りを譲ってくださるって。その時までには私も金髪になっている……」
「メアリー」
落ち着いた声で名前を呼ぶ。
メアリーがびっくりしてアレックスの方を向いた。いつものメアリーらしくない。怯えた様子だ。黒いつぶらな瞳でこちらを見ている。
「誰なの?」
メアリーが高い声で聞いた。肩が強張るのが暗い中でもわかる。
「メアリー、僕だよ、アレックス」
「なーんだ、アレックスなのね。人さらいかと思ったわ。いっそ、人さらいの方が面白かったのに!」
メアリーは冗談にも良家のお嬢さんとは言えない口調で言うと、ケタケタと笑い出した。
「何してるんだ、こんなところで」
アレックスが訊ねる。
「早くあなたが帰ってこないかなって待ってたの。火が沈む前には帰ってくると思ってたのよ。アレックスこそどうしてたの?魔女のお婆さんに意地悪でもされたの?」
メアリーの目が悪戯っぽく光った。
「困ったことになったよ。リリィに会いたいんだとさ。妹に会わせないと薬はもらえない」
「あら、それってまずいわ。あの子、怖がって魔女に会おうとしないんじゃないかしら」
メアリーの声に小馬鹿にするような響きが混じった。
「リリィが怖がるのももっともだよ。だけど、メアリーもどうして金髪にこだわるんだい?赤毛だって十分に可愛いじゃないか。リリィだって羨ましがってるよ」
アレックスは本心からそう言った。メアリーの金髪への固執を可哀想に思っていたのだ。アレックスの考えでは、メアリーは金髪よりも赤毛の方がよかった。青白い肌と赤毛が互いを引きたてあって美しいのだ。今だってメアリーの金髪を見ては勿体ないことをした、と思う。
「本気で言ってる?」
メアリーがアレックスの顔を恐る恐るのぞき込む。
「本気さ」
アレックスが優しくメアリーを見つめた。
「嬉しいわ。ジョンがからかうのよ。脅されるし」
メアリーがそう言って、アレックスの肩に頭をもたせかける。
「脅す?」
鸚鵡返しに言う。メアリーが思わず目に涙を溜めてうなずいた。
「私が赤毛だから魔女だって言うの。赤毛はね、穢れた魂の証拠なのよ。誰かが私を魔女裁判に引き渡したら、生きたまま焼かれるって。嫌だわ、そんな恐ろしい死に方、したくない」
ジョンの悪戯を本気で思い詰めて、真剣に怖がっていたのだ。アレックスは本来なら冗談で笑い飛ばすところを、なぜかそうできなかった。
脳裏に燃え上がる炎が浮かぶ。群衆たちの野次と貴族たちの澄ました顔。皇帝である父が処刑を取り仕切る。《《魔女たち》》の衣服は炎でとけてなくなり、裸体が曝される。彼女たちの叫び声が、泣き声が広場に響き、また民衆たちの野次でかき消される。
あの声は業火の苦しみから来るものなのか、それとも自分の身を恥じるあまりのものなのか。
魔女どもの処刑の後、人間の焦げる匂いと、爛れた皮膚、焼き尽くされた後の白い骨が目の奥から離れない。
未婚の令嬢は魔女裁判に出席することが禁止されているので、メアリーが処刑の場に居合わせることはない。だが、その惨虐な匂いは〈皇帝の宮〉付属の処刑広場から〈皇妃の館〉まで漂っていく。
処刑があった日、令嬢たちは浮かない顔をしている。若い彼女たちには恐ろしいのだ。
リリィが父親に魔女の火刑を止めてくれるように頼んだこともあった。その時にはメアリーも一緒になってお願いしたものだ。本当に魔女たちが火炙りにされるほどの罪を犯したのかしら。二人には世の中にそんな罪深い人がいるとは思えなかった。