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片目の男

 商売女らしき人が街頭がいとうに立って通行人にあだっぽく声をかけている。もう冬だというのに下着同然の姿だ。斜視しゃし気味の女だった。眠たげな目や肉づきのよい腰が色っぽく見えないこともない。

 不意に女と目が合う。娼婦が片方の斜視の目でにらんできた。メアリーは素早くうつむいて女のそばに立つ宿屋に入ろうとする。が、女がメアリーの前に立って通路をふさいだ。


「用事があるの。通してくださる?」

 メアリーが女をにらみ返して言う。

 こういうことに関してならメアリーも相手に負けていないのだ。


「へえ。あなたみたいなお嬢さんに?ここで客でも取るのかい?」

 遊女も強気だ。


「ここがどういうところかくらい知ってるのよ。宿泊客の一人に会いたいの。自分で探すからあんたのご自慢の尻をどけてちょうだい」

 メアリーがピシッと言い返す。


「飲んだくれの婚約者でも探すのかい?もったいなねえ、誰かの嫁になってしまうなんて。あんたならこの胸で売れっ子になれたはずだよ」

 女はそう言うとメアリーの胸に触れてきた。


「なに、誘ってるの?私にあなたを買えっていうの?」

 メアリーはそう言うと侮辱に固まっている娼婦に嘲笑を浴びせてやった。


 レネーは二階の個室で娼婦と《《すべきことをして》》いた。メアリーが廊下から声をかけると音がやみ、中から大儀そうに娼婦が出てくる。


「明日もここに泊まるつもり?」

 メアリーがレネーの裸の背中にとう。

 レネーは急いで服を着ていた。


「いや、明日は女のいない旅籠はたごに泊まる。悪く思うな。気晴らしだよ」


「娼婦と寝ることを責めてるわけじゃない。泊まる場所を売春宿にされたら困るわ。私みたいな女は娼婦に好かれないし、疑われるの」

 メアリーが釈明する。


「次はしない。それで、ヘレナには会えたか?」


「ええ、おきれいな牢獄の中でね。トンプソンに会うように言われたわ」

 メアリーはそう言って腕組みをした。


 二人は下町でトンプソンの姿を探した。どこかにひそんでいるはずなのだ。アレックスに見つかれば命はない。だが……


 彼は酒場の奥にいた。酒をあおることもなく、頭巾ずきん目深まぶかにかぶってじっとしている。メアリーとレネーの若い二人が目の前にやってくると片目でジロリとにらんだ。目のないくぼみは眼帯でおおうこともなく、乾いた傷跡が恐ろしい印象を与える。


皇太后こうたいごうにここに来るよう言われたわ。こちらはレネー・ウィゼカ、エイダの王子よ」

 メアリーが事務的な口調で言う。


「女王のことか、皇太后とは?」

 トンプソンが聞き返した。


「ヘレナ・リロイは皇帝の義理の母よ。私は女だわ。皇帝への陰謀に関与するつもりはない」

 メアリーが挑戦的な態度を取る。


 が、レネーが割り込んで自分は女王を支持する、と言った。彼はリチャードとアレックスを姉カリーヌを殺した犯人だと考えていたのだ。


「あなたは現皇帝の一味いちみでした」

 トンプソンが無表情で言う。〈崖の家〉で経験した拷問を思い出したのだ。


「ええ、でも皇帝には、お仲間でしたジョン・トルナドーレもリリィ様も助けるつもりはありません。冷たい方なのです」

 メアリーが答える。

「そして今、皇太后様は〈嘆きの塔〉から自由にならなければなりません。そのご息女もエズラから解放されなければならないのです。そうでなければ気の毒ですわ」




「ヘレナの脱獄だって?」

 櫂をこぎながら、トゥーリーンが頓狂とんきょうな声を出した。


 真夜中の海はいつもより波が高い。毛皮の外套がいとうを着込んでいても寒くて、危うく凍傷をつくりそうだ。


「信頼を得るためよ。それに脱獄したって、またテリー公が逮捕するわ。リリィを助かるためには仕方ないの。エズラとアレックスで戦争を交えるわけにはいかない。全面戦争になったら恐ろしいわ。でも、リリィが逃げ出せたなら、アレックスはヘレナをエイダに差し出せばいい」

 メアリーが魔法で炎を作り出そうとして、手に息を吹きかけながら言う。火はほのかに現れ、くすぶってはすぐに消えてしまう。


「エズラはヘレナを差し出したくらいで満足しないはずだ。必ずリリィを要求するよ。彼女に執着しているから」

 トゥーリーンが言った。


「それが外交というものでしょ。リリィは帝国中を探しても見つからなかった、お宅にいるんじゃないでしょうかって。私はね、何もアレックスに肩入れしてるわけじゃないの。ただよりよい世の中にしたいだけなのよ。魔女だって賛成するはずだわ」

 メアリーが言い訳を始める。


「君は魔女が公明正大だって思ってるのかい?それに、まるでエズラをよりよい世の中にふさわしくない者みたいに言う」


「あら。エズラからリリィを引き離したのはあなたなのに?」

 メアリーは痛烈だった。

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