レネーと男たち
ほめそやしてくれる人がいなくても、装うことはやめない。シルクやサテンのガウンにダイヤモンドの指輪、真珠の首飾り、銀色の鏡台。金のくし。
メアリーは足首に香水をつけると、鼻歌まじりに髪をとかし始めた。
「レネーが来ていいこともあるわ。男たちがいるから、こうやっておしゃれする口実ができたでしょ?」
「男がどこにいるんです、お嬢さま?野の獣くらいしか目につきませんよ。まったく、ああいう小綺麗な方があの男たちを統率できているのが不思議ですよ」
ジゼルがメアリーから香水瓶を奪って言う。
「あの人はエイダ王の息子で英雄だったのよ。それで決めたんだけど、わたし、彼と一緒に都に戻るわ。父はこの城に女がいるのにうんざりしているの」
ジゼルはメアリーの決断に猛反対した。せっかく安全なところに来たというのに。そもそもイリヤ城に帰ってどうするというのだろう?今は皇帝と距離を置くべきだし、そろそろ誰か婚約者を見つけるべきだ。
魔女やトゥーリーンの存在、アレックスとの一夜を話していなかった。
メアリーは結婚よりも自由と愛が欲しかったのだ。今のジゼルには女主人が何を求めているのか、理解できないだろう。
レネーはメアリーの口利きでヘレナと会い、リリィとエイダ王国の奪還の支援を取り付けるつもりだった。
「今、皇太后は牢屋の中よ」
レネーは特に驚かなかった。アレックスとヘレナの間にあった緊張感を覚えていたのだ。
「なんなら皇太后を牢から出してもいいですよ」
そんなことを言う。
トマス卿はレネー・ウィゼカに対してどっちつかずの態度を取った。熱烈に歓迎するわけでも、冷淡に拒絶するわけでもない。どういう態度をとるか決めかねていたのだ。
だから娘がレネーと一緒にイリヤ城に戻ると言ってきた時も闇雲に禁じはしなかったのだ。ただし、旅にはビリーとの同行が必須だった。
旅のあいだ、レネーは無口でメアリーやビリーと交わろうとしない。
「父はあなたを私専用の護衛と思ってるみたい。うんざりだわ」
メアリーは渓谷の絶景の中、一人になっていたところをビリーがやってきたので、辛辣な言葉を放った。
「あいつよりも?」
ビリーが小川から皮袋に水を浸して言う。
「レネーはあなたみたいに余計な口をきかない」
メアリーは態度を軟化させず、腕組みをする。
「それはその通りだな。だがあいつは怪しいぜ。なんだか胡散臭い」
ビリーがそう言って立ち上がった。メアリーと同じくらいの背丈だ。
「何が言いたいの?私には父の城を離れる理由が必要なのよ。レネーがどんな腹黒い男だろうと関係ないわ」
メアリーはそう言うとビリーに背を向けた。
「それならいいさ。だがあいつはいつか君を裏切る。確実に」
ビリーはしつこい。
メアリーはわざとらしくため息をつくと、渓谷を離れ、馬やレネーの待つ方へと去った。
見るからにみすぼらしいその要塞は、命からがら逃げてきた三人の女と赤ん坊を迎え入れるには十分な代物だった。貧相な一室に集まって暖炉の火のありがたさをかみしめる。食事もあった。こってりとしたスープに、かたい黒パン。
リシャールはどうにか泣き止み、おくるみに包まれて寝入っていた。
「毛布があればありがたいのですけれど。それにベッドや長椅子がもう少し……」
乳母が途方にくれて言う。
要塞には男たちしかいなかった。たぶん寝る部屋もまともにないのだろう。
この部屋で一番気に入ったのはまともな錠前がついていることだ。
しばらくして少年が毛布を持ってやってきた。巻き毛のおしゃべりな少年だ。
「この要塞には女の人は暮らしていないんだ。前の城主が河で殺されてからはね。おばあさんがひとりっきりさ。にわとりと豚の世話をしてるんだ」
少年がおしゃべりをする。
フラニーは横で落ち着かなげに毛布を受け取るとそれにくるまった。ギーが心配なのだ。
リリィは疲れ切っていた。男を殺した。血を洗い流してもこびりついて離れないような気がする。怖かった。エズラに早く会いたかった。