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ほうきでワルツを

 寒くて目が覚めた。部屋の中なのには冷たい空っ風が吹いている。毛布だってちゃんとかぶっているのに!

 起きようとした手前、箒をもった使用人が寝室に入ってきて窓を閉めた。


「奥さま、窓を開けたまま寝ては風邪をひかれてしまいますよ」

 若いやせた女中が説教する。


 メアリーは適当に返事をすると、また毛布を顎下あごしたまで上げて睡眠を貪ろうとした。


「ちょっと陛下!」

 女中がベッドの下で寝ているアレックスに向かって叫んだ。

「何をなさってるんですか。これじゃあ、皇太后殿下も立腹りっぷくなさいますよ!それにうちのお嬢さまを嫌ってる奥様連中の思うつぼじゃありませんか。お願いですから今すぐこの部屋から出ていってくださいませ!」


「誤解だよ、ジゼル」

 アレックスが飛び起きて言う。

 どうやって寝たものか不思議だが、床の上で寝ていたらしい。テーブルの上には銀のチェス盤が広げてあった。


「何が誤解なもんですか!陛下はあたしの女主人を他の立派な男性に渡したくないんですよ。それでこんな卑怯な真似をしてらっしゃる!さあ出ていって!」

 ジゼルが箒でアレックスをバシバシと叩きながら言う。


「ジゼル、やめてちょうだい。陛下にそんな気はないのよ。それに私だって誰かと結婚する気もないのだし」

 メアリーは目をこすりこすり言った。


 アレックスが部屋を出てゆく。女中は腰に手を当てると、女主人を振り返った。


「結婚する気がないですって?だったらどうやって生きていくんです?あなたのお父様はまだ死にそうにありませんしね。私みたいに働いてみますか?それとも皇帝の客人で一生を通すおつもりですか?愛人とか妾とか、あることないこと言われますよ。女で結婚しないってなれば、変人って絶対に言われるでしょうしね!」

 ジゼルが寝起きの顔も洗っていない女主人にガミガミとまくし立てる。


「ええ。働く、に近いことをするわよ。でもお願いだから黙ってちょうだい。迂闊うかつだったってわかってるもの」



 身なりを整えて食堂に降りてゆくとアレックスは急いで食事をしていた。メアリーは後から嵐の勢いでついてきたジゼルを部屋から閉め出す。アレックスと2人だけで話したかった。彼とはまたしばらく、まともな会話ができないだろう。


「ジゼルを許して。あなたに手を上げるなんて」

 メアリーは裏腹に愉快がっていた。皇帝がたかが小間使いに叩き出されるとは。


「君のことを大切に思ってるのさ。それに新しい経験だった、箒で叩かれるのは」

 アレックスが言う。


「とにかく、あの子の言ったことは気にしないで。でも、同じ部屋で寝るのはだめでしょうね。それとも私、誰かと結婚するべきかしら」


 突然自信がなくなった。魔女のもとで上手くやっていけなければ、一生誰かのお荷物になるかもしれないのだ。

 アレックスにだっていつまでも頼ってる気はなかった。それなら誰かと結婚した方がましだ。


「誰かふさわしい相手がいるのかい?」

 アレックスが聞く。

 

「ええ、ママやあなたのお義母様の言葉を借りればね」

 メアリーはそう言って健気に笑顔を作ろうとした。


「君がふさわしいと思えばすればいいさ。でも、今のところ、君のお眼鏡にかなう相手はいないんだろう?覚えておいてほしいのは、僕がメアリーの味方だっていうことだ。誰かに結婚を強制されたら僕に言えばいい。困ったら相談するんだ」

 

 メアリーは安堵して微笑んだ。昔から変わらないことだってある。アレックスは兄のような愛情を与えてくれていた。


「それと私、またエル城に帰るの。誕生日は過ぎてしまったけれど、なぜかそうしないといけないような気がして」


「でも危険だ。戦争が近い」

 アレックスが言う。


「エル城は空気が薄くて失神しそうなくらい高い場所にあるわ。あそこは大丈夫よ。エズラはしばらく戦争を仕掛けてこないはず」

 メアリーが説得しようとして言った。


「エル城にいたら君の無事がわからない。それにエズラだって予測のつかない男だ。雲の上にいたって油断できない」

 彼もゆずらない。


 だが結局、メアリーを止めるわけにもいかなかった。エル城はメアリーの故郷で、父親だってリリィやアレックスを思うのと同じくらい大切にしていたのだ。


 アレックスはよくメアリーに相談した。戦争にも政治にも興味ないはずの小娘を頼りにしているのを、人はよく思わないはずだ。それでも、メアリーは才能があるのだろう。今では皇帝はメアリーの発言にテリー公と同じくらい重きを置いている。


 彼は道中に護衛をつけるから、ウィリアムを預かってほしいと言った。エル城は難攻不落なんこうふらくの城なのだ。母のアビゲイルも帰ることになっていた。


「思い出したのだけれどね、あなたにも結婚話があったでしょ」

 メアリーが雀の涙ほどの朝食を済ませ、マントをかぶりながら言う。イリヤ城までアレックスと一緒に行くつもりなのだ。


「断ったよ。カリーヌに悪い。それに結婚はもうしばらく避けたい」

 アレックスはメアリーのマントを留めるのを手伝いながら言った。


 レネーが今頃どうしてるのかわからない。彼もエズラのもとにいるリリィを放っておけなくなるだろう。

 

「テリー公は私のせいで皇帝が結婚しないって思ってる。カリーヌのことを悼むのもほどほどにしてね」

 メアリーが馬にひらりと乗って言った。


「大いなる誤解だよ」

 アレックスがそう言ってかぶりを振る。

「でも、そうだな、舞踏会の女主人はヘレナじゃなくて君がいい」

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