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束縛

 荒い縄が手首に食い込んで痛い。馬車というよりも馬に繋いだおりに似たそれは、しきりに揺れるので体を打ち付けて青あざをたくさんこしらえてしまった。


 エズラは戻ってきた妻に屈辱的な扱いをした。縄を解くことを許さず、食事は奴隷に与えるものと同じものを食べさせる。夜には人前で殴ることもあった。


「息子に会わせて、あの子は無事なの?」

 リリィが様子見に来たエズラに必死になって叫ぶ。エズラは妻の惨めな様子に嘲笑った。


「そんなに会いたいか?」

 彼がリリィの髪に触れる。リリィは思わず身震いした。


「あの子は私の子どもよ」

 静かな怒りをこめて言う。


「お前の子どもなんて簡単に奪うことができる。あの子は俺の子どもでもあるわけだからな」



 不思議なことにエズラは子どもの父親を一度も疑わなかった。リリィが宮殿を逃げ出したのもレネーと会うためだったとは思いもしなかったのだ。


 レネーが生きているという情報が入った時も、レネー自身を憎むわけではなく、妻の嘘と裏切りに怒った。エズラの中では、ウィゼカの血はフランク王を殺したときに滅びたのも同じだったのではないか。リリィを捕らえた時、エイダのレネーなど眼中になく、イリヤを向いていたのだ。民衆にも彼自身にも常に立ち向かうべき敵が必要なのである。



 ドゥーサ河近くの要塞に入る頃にはエズラの怒りもとけていた。不機嫌な顔で妻のもとに出向き、縄をほどいてやる。リリィは傲然とも取れそうな顔つきで夫を見ていた。


「リシャールは?」

 かすれた声で聞く。

 顔は涙ですりむけて痛かった。


「子どもの名前か。それしか聞かないのだな」

 エズラがリリィを見つめながら言う。


 リリィは顎をそびやかして目を合わせようとしなかった。子どものためにエズラについてきたのだ。

「どこにいるの?」


「乳母と一緒にフラニーのところにいる。エイダ人の乳母とだ。あの乳母は奴隷に売った」

 エズラが言う。


「会いに行っていいのね」

 リリィが後退りしながら言った。


 エズラがゆがんだ笑みを浮かべてキスしようとする。リリィは叫んで拒否した。



 フランシスは腕にリシャールを抱いて笑顔でギーと喋っていた。傷だらけでよろよろのリリィを見て顔をしかめる。


「帰ってきたのね」

 フラニーが言った。冷淡な歓迎だ。


「ええ、人質よ」

 リリィが言う。


「それで何が言いたいわけ?慰めでもほしいの?義姉ねえさんには同情できないわ。勝手に逃げて勝手に帰ってきたのね。私たちを裏切ったのに」

 フラニーの口調は厳しかった。


「言うべきだと思ったわ。でも言えなかったの。時間がなかった」

 リリィが言う。


「フラニー、僕らの間には何も約束なんてなかった。義姉上あねうえは逃げ出すべきだったし、僕でも同じことをしただろう。それで、エズラは怒ったでしょう?」

 ギーがリリィの破れたドレスと青あざを見て言った。


「ええ、でも今日は怒っていない。リシャールを気に入ってるわ」


 もう誰とも話したくない。リリィはリシャールと二人きりになりたかった。



 夜には彼が寝室に来ることがわかっている。エズラの執着心に絶望していた。彼はリリィを支配し征服しようとする。リリィには彼を拒むことなどできない。


 だが知っていた。レネーもアレックスもエズラの蛮行に黙ってはいないだろう。フラニーもギーもいつかは声を上げ、剣をとる。

 リリィは剣の柄の感覚をまだ忘れていなかった。

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