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戦火の詩

 アレックスがとらわれてのち、臨時りんじで実権を握り、エイダ人との交渉にあたったのはテリー公だった。アレックスの忠臣であり、なかなか手強い老獪ろうかいである。


 彼はリリィの私室にやってくるとウィリアムを渡すように言った。


「テリー公、そんなことできません。弟は義兄あにの意志で私に預けられたのです。アレックスが帰るまで私が面倒を見ます」

 リリィが弟の受け渡しを拒否する。


「皇族たるものの血を流す気はない。姫君、約束する。ヘレナをおさえるためにはウィリアムを預かっておかなければならない。弟を渡すのです」

 テリー公は冷静な様子で言った。


 リリィはゆずらない。結局、テリー公は力ずくでリリィの腕からウィリアムを奪って連れ去ってしまった。

 気が気でない。テリー公など信用していなかった。いつも人を食ったような顔をしている男だ。一瞬彼が弟を殺すのではないかと疑ったほどである。ヘレナに言うべきか迷った。言えば母は半狂乱になる。躍起やっきになって何か恐ろしいことを起こすのではないか。

 悩んだ挙句あげくメアリーとトゥーリーンに相談した。


「テリー公がそんな恐ろしいことをする人には見えないわ。きっと用心のためなのよ。ヘレナの方がよっぽど恐ろしいわ。でもあの人は自由を奪われている」

 メアリーが言う。


「母に冷たいのね。わが子から引き離されるなんて、想像するだけでつらいわ」

 リリィがヘレナをかばって言った。


 最終的にはリリィも母に言わないことに決める。メアリーが、ウィリアムのために何人殺そうが気にも留めない人だと言ったのだ。


 トゥーリーンはメアリーとは反対のことを言った。テリー公は必要とあらばウィリアムに危害を加えるかもしれない。もっと用心するべきだ。それなのに二人は耳を貸さなかった……


 

 運悪くこの戦時に都に上がってきてしまった貴婦人がいた。ジュリア・テリー・テディア卿夫人である。活発なご婦人だった。信心深く、帝都の司祭ラースとは懇意こんいの仲だという。夫のディーンはアレックスの戦友だ。夫妻は昔からヘレナやその息子のウィリーよりもアレックスを支持していた。


 皇妃のお茶会に出るとジュリアが戦争に出た恋人について詩を朗読している。黄色いドレスにてんの毛皮を飾っていた。耳には揺れる耳飾りをつけている。メアリーが遅れて入ってくると、ちょっと微笑んで朗読を中断した。


私は涙に搔き暮れて、野の花をうらやみます

今日美しく咲いて明日には枯れていく身

ですが、私は恋人と引き離されたからといって

川に身を投げることもできず、戦火に命を散らすこともできないのです


その代わりに祈りましょう

 愛しいあなたの武勇を

女たちよ、乙女たちよ、恋人が暴徒たちを殺してくれるよう祈りましょう

そうして正義がなされ、平和と安泰あんたいがなされるように

あなたが剣をとって立ち上がったあかつきには平和と繫栄があるようにと


武勲ぶくんをあげて戻ってきたら、私たちは愛し合うはずです

だからどうか、祈りましょう


 リリィがメアリーにこっそりと目くばせする。親友は遠慮がちに笑った。


 リリィとメアリーが部屋の隅の方でラベンダー水を飲んでいると、ジュリアが頬にくっきりとした笑みを浮かべてやってきた。


「素晴らしい朗読でしたわ」

 メアリーが感激して言う。


「ありがとう。二人とも美人になったのね」


 ジュリアは月並みなことを話した。だがメアリーが席を離れると、声を潜めてエズラについて聞いてくる。リリィはなんだか油断のならない感じがした。


 魔女は弟子たちにリリィを洞窟に連れてくるように促す。ところがメアリーもトゥーリーンも承知しない。城を敵軍に包囲されているのに行けるはずがないのだ。二人はリリィを危険に晒すにはあまりに大切に思いすぎていた。

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