籠城
それはメアリーが寝室でダンスを踊っていたときのことだ。口ずさみながら一人で踊る。黄金色のドレスを胸にあて、鏡の前に立って。
「メアリー、兵士たちよ!怪我人がいる。手当てをしないと」
リリィがメアリーの部屋に飛び込んできた。メアリーはドレスを椅子にかけ、リリィの手を握る。
傷病室はすでに負傷兵でいっぱいだった。うめき声とおびえた泣き声が混じり、悲惨だ。そこには勝利の気配など微塵もない。負けるのだと思った。この戦争は敗北に終わるのだ。
「アレックスを見かけた?父は?」
メアリーが兵士の止血をしようとしているリリィにたずねる。
「見てないわ」
リリィがこちらを見ずに答えた。
怯えて疲れきった兵士たちの目の中に、澄んだ青い目を探す。彼は両目がそろっているだろうか?馬を優雅にのりこなす両足があるだろうか。剣を軽々と使いこなす両腕があるだろうか。彼の赤い心臓は動いているだろうか。
メアリーはゾッとしながらアレックスの名前を呼んだ。返ってくるのは苦痛ににじんだ叫び声に罵りの言葉だけ。
手当てをしながら兵士たちに皇子の行方を聞いた。詳しいこと、正確なことは何一つわからない。
夜明けごろ、蝋燭の消えた傷病室でへとへとになってしゃがみ込んでいた。頭は動かない。ひとりでに涙が流れてくる。必死になって手当てをしたのに、兵士たちはまだうめいていて、死んでゆくばかりだ。
不意に扉が開いて男が担ぎ込まれてきた。
「そこのお嬢さん、手当てをしてくれ。皇子だ」
メアリーが振り向いて駆け寄る。
「アレックスなの?」
「メアリー」
アレックスは乾いた声で言った。
傷口は肩と脛にある。出血はしていたが、幸い致命傷ではなかった。
「兵士たちの中に、あなたをずっと探してたのよ。あなたが死んでるんじゃないかって怖かった!」
メアリーがそう言ってアレックスを抱きしめる。
「メアリー、僕たちは負けたんだ。一度っきりの戦いで兵士たちが逃げ出した。奴らは狂っている。農民どもにイリヤの大地が奪われるんだ。そして、僕たちが生きた証なんて何一つ残らない」
アレックスがメアリーの腰に抱きついて言った。
「アレックス、負けていないわ。私たちにはまだ都とイリヤ城がある。まだ何も決まっていないのよ。しっかりしなきゃ。次の戦いが来るの。あなたが指揮をとるのよ」
「メアリー、君にはわかっていない。奴らは怒りの怪物なんだ。頭にあるのは破壊と復讐の願望だけさ」
アレックスはその翌日には立ち上がって城の軍を指揮していた。リチャードは帰ってこなかったのだ。
急ぎで近隣の村から食糧と住民が帝都の城壁の中に集められた。アレックスは籠城戦を選んだのだ。
エズラは帝国側からの交渉を投石器でリチャードの生首を投げてよこすことでこたえ、城を明け渡し、リリィを返すよう叫んだ。大男である。イリヤ人の兵士達もひるんでいた。だが、アレックスは固辞して大人しくエイダに帰るよう言った。