表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/123

籠城

 それはメアリーが寝室でダンスを踊っていたときのことだ。口ずさみながら一人で踊る。黄金色こがねいろのドレスを胸にあて、鏡の前に立って。


「メアリー、兵士たちよ!怪我人がいる。手当てをしないと」


 リリィがメアリーの部屋に飛び込んできた。メアリーはドレスを椅子にかけ、リリィの手を握る。



 傷病室はすでに負傷兵でいっぱいだった。うめき声とおびえた泣き声が混じり、悲惨だ。そこには勝利の気配など微塵もない。負けるのだと思った。この戦争は敗北に終わるのだ。


「アレックスを見かけた?父は?」

 メアリーが兵士の止血をしようとしているリリィにたずねる。


「見てないわ」

 リリィがこちらを見ずに答えた。


 怯えて疲れきった兵士たちの目の中に、澄んだ青い目を探す。彼は両目がそろっているだろうか?馬を優雅にのりこなす両足があるだろうか。剣を軽々と使いこなす両腕があるだろうか。彼の赤い心臓は動いているだろうか。


 メアリーはゾッとしながらアレックスの名前を呼んだ。返ってくるのは苦痛ににじんだ叫び声に罵りの言葉だけ。

 手当てをしながら兵士たちに皇子の行方を聞いた。詳しいこと、正確なことは何一つわからない。



 夜明けごろ、蝋燭の消えた傷病室でへとへとになってしゃがみ込んでいた。頭は動かない。ひとりでに涙が流れてくる。必死になって手当てをしたのに、兵士たちはまだうめいていて、死んでゆくばかりだ。


 不意に扉が開いて男が担ぎ込まれてきた。

「そこのお嬢さん、手当てをしてくれ。皇子だ」


 メアリーが振り向いて駆け寄る。

「アレックスなの?」


「メアリー」

 アレックスは乾いた声で言った。


 傷口は肩とすねにある。出血はしていたが、幸い致命傷ではなかった。


「兵士たちの中に、あなたをずっと探してたのよ。あなたが死んでるんじゃないかって怖かった!」

 メアリーがそう言ってアレックスを抱きしめる。


「メアリー、僕たちは負けたんだ。一度っきりの戦いで兵士たちが逃げ出した。奴らは狂っている。農民どもにイリヤの大地が奪われるんだ。そして、僕たちが生きた証なんて何一つ残らない」

 アレックスがメアリーの腰に抱きついて言った。


「アレックス、負けていないわ。私たちにはまだ都とイリヤ城がある。まだ何も決まっていないのよ。しっかりしなきゃ。次の戦いが来るの。あなたが指揮をとるのよ」


「メアリー、君にはわかっていない。奴らは怒りの怪物なんだ。頭にあるのは破壊と復讐の願望だけさ」



 アレックスはその翌日には立ち上がって城の軍を指揮していた。リチャードは帰ってこなかったのだ。

 急ぎで近隣の村から食糧と住民が帝都の城壁の中に集められた。アレックスは籠城戦ろうじょうせんを選んだのだ。


 エズラは帝国側からの交渉を投石器でリチャードの生首を投げてよこすことでこたえ、城を明け渡し、リリィを返すよう叫んだ。大男である。イリヤ人の兵士達もひるんでいた。だが、アレックスは固辞して大人しくエイダに帰るよう言った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ