初雪
エイダの宮殿は山の頂上近くに建っていた。春や夏であれば、青草の生えた草原である。宮殿は円形の建物がいくつも合わさってできたような形だ。使用人の部屋でなければ、どの部屋にも窓やテラス、バルコニーがあり、屋上では山上の景色を楽しめるようになっている。
リリィやフラニーが宮殿に来たのは破壊と暴力のあとが癒えてからのことだ。
エズラと手を取り合って主寝室のバルコニーに立つ。目の霞むような光景。その日は晴れ渡っていて高い山のふもとまで、ドゥーサ川の流れから山麓の都市、荒地と農村までもが見えた。
彼はバルコニーで初めて妻を抱いた。優しく執拗な愛撫に始まって、より激しく、大胆になってゆく。リリィは頬をゆるめ、体をしならせ、とろけてしまいそうな快楽を味わった。
エズラが果てたとき、不意にリリィは誰かに見られているような気がした。
山麓のどこかにレネーがいる。
失神しそうになりながら、エズラから身を離した。外は寒い。雪が散らついている。初雪だ。二人は恐ろしいほど高い場所にいた。
「外は寒いわ」
リリィが言う。早く室内に入りたかった。レネーの目のない場所にいたかった。
しばらくして、ギーとフランシスの婚礼も行われた。慎ましやかで、エズラとリリィしか出席者のいないものだ。
フラニーは当初とは違って特に結婚に不満をもっていない様子だった。とはいえ、フラニーがギーに恋しているわけではない。ギーとて同じである。
リリィは義妹夫婦と過ごす時間が好きだった。フラニーは頭の回転がはやい。いつ会っても安易な会話ばかり繰り広げている。フラニーのおしゃべりは規律のない音楽のようだ。
「そう言えば、エズラが私のために芝居小屋を建ててくれるんですって」
フラニーが淡い水色の焼き菓子に、銀のスプーンで生クリームをちょこんとのせて言った。
「あら、素敵な話ね。あなたってお芝居が好きだったの?」
リリィが鏡をのぞきこんでレースの首飾りをつけながらいう。
「好きっていうほどでもないわ。エズラはね、舞台に立たせて私の減らず口をどうにかしたいのよ。でも、それって上手くいくと思うわ。だって舞台に立つって夢みたい!なんなら一日中舞台の上で過ごしてもいいわ。昔から悲劇のヒロインになってみたかったんですもの。特に男に捨てられて身投げするようなやつ。短剣で心臓をグサリ、とか。美しい青い運河で溺死するとかね。
死ぬときってどんな気持ちなのかしら。愛した男のことを思うのかしら。それとも我と我が身を思うだけ?」
リリィはフラニーの話があまりに不穏であまりに哲学的なので、どう答えたらいいのかわからなかった。ギーは特に驚いたふうではない。ただ、鋭い目つきでフラニーを見つめているだけだ。