亂湖
この猛暑の中、僕達はある湖に殺された。『亂湖』は心霊スポットとして有名で、僕達は肝試しでその湖へと足を沈めた。
「何だ、何も起こらないじゃん」
と仲間の一人はせせら笑った。僕は虫の声ですら怖かった。愛犬を抱きしめていた。
「真ん中へ行こうぜ」
という空気になり、渋々、その水溜まりのような湖の中で歩こうとした瞬間、仲間の一人が足首に浸かる程の水位で、上を向いて溺れた。僕達は慌てて湖から上がろうとしたが、水位が僕の肩の高さまである感覚がするのだ。愛犬が僕の肩にしがみつく。
「うわっ!!」
また一人、足を滑らせて溺れた。
「ほら、こっち!」
声がした。僕は無我夢中で、目の前に差し伸べられた手を掴んでいた。すると、湖から出られたのだ。後ろを振り向くと、湖には仲間の死体すら浮かんでいない。……手一本が浮かんできた。
僕は全力疾走で車の後部座席へと乗り込んだ。エンジンが吹く音。車が猛スピードで森を抜けた。
「きゅん、きゅーん」
という鳴き声。愛犬の下半身には奇妙な幾何学模様が浮かび上がり、石のように硬く動かなくなっていた。
「シロ、ごめんね。僕が、僕が…」
と自責の念で泣いていると、シロが僕の顔を舐めようとして、身体が真っ二つに引き裂かれていく。断面が赤くグロくなっていた。
「う、動いちゃダメ!」
僕は愛犬の身体をくっ付けた。すると、上半身が下半身に食込み、血が噴水のように吹き出た。
「ああっ!…ああ…」
愛犬は冷たくなった。僕が殺した。ただひたすらに泣いていた。
「君は運が良かったね」
運転席に座る誰かが言った。僕達は三人と一匹で来ていた。「お願いだ、僕も殺してくれ」
そう懇願した。
「ダメだよ、だって君は───もう死んでいるんだから」
ああ、そうか。僕はあの二人と一匹に取り憑く幽霊だった。一足先にあの湖で自殺していた。あははっ、良かった。これでまたみんなと遊べる。