サイド:ウィリアム
次で完結です
『ウィリアム=ノーランドだ』
私の愛するリリアナ=グライン伯爵令嬢を《初めて認識》したのは、古くからの友人であるロナルド=カスタムに、恋人として紹介された時だった。
「初めまして、リリアナ=グラインです。こちらこそお会いできて嬉しゅうございます」
リリアナ=グラインという令嬢は、ロンの恋人にしては珍しく、控えめな女性だった。
ロンは、派手な女性が好みのようで、頻繁に代わる恋人は、いつも際どいドレスを着た、派手な化粧の高飛車な女性ばかり。中にはロンの恋人でありながら、ウィリアムを誘惑してくるような女性もおり、ウィリアムは、元々大方の女性にはクールに接しているが、ロンの恋人には一際塩対応に徹していた。
ただ、リリアナ嬢は、歴代の恋人とはかなり毛色が違う清楚な女性だった。
化粧は薄く、癖のない顔立ちなのもあり、少し幼気に見える。服装も伯爵家にしては控えめで、それがより彼女の清楚な印象を強めていた。
ただ、決して女性として魅力的ではないという訳ではなく、長い金色の髪は手入れが行き届いていてツヤツヤしていたし、華奢な肩は庇護欲をそそると評判だった。
ただウィリアム自身は、人を見た目で判断するタイプでは無いため、正直この時まではリリアナ嬢の事は何とも思っていなかった。
ただ、彼女が少し動くと、まるでユリの花のような爽やかな風が淡く香る。それだけはとても好ましいとは感じていた。
◆◇◆◇◆
リリアナ嬢は、ロンの過去の恋人達と同様に、手作りのお菓子を持って頻繁にロンに会いに来た。
ただ、他の令嬢と違うのは、その綺麗にラッピングされたお菓子が、ロンだけに手渡されたことだった。
過去の令嬢達は、沢山作ったからと、ウィリアムやソルにも小分けにしてプレゼントしていたが、リリアナ嬢は、沢山作ったお菓子を大きな袋でロンに渡していた。
それが、まるでロンしか目に入らないと言っているようで、ウィリアムには少し可愛らしく思えた。
そんな性格の可愛らしさとは反対に、リリアナ嬢はどんどん見目麗しくなっていった。
相変わらず化粧は薄付きだったが、口紅をツヤのあるタイプに変えてみたり、別の日にはいつも下ろしている長い髪をアップにしてみたり、ロンに気に入られたい気持ちが、簡単に見てとれた。
そんな一途なリリアナ嬢にだんだんと好感を抱き始めていたウィリアムだったが、友人のソルはそれを言葉にも態度にも示していた。
「ロン。絶対にリリアナ嬢を手放すんじゃないぞ。こんな可愛くて一途な女性、もう絶対現れないんだからな!」
「分かってるよ!ってか今の言葉、マリン嬢が知ったら悲しむだろうなぁ〜」
その言葉の真意を汲み取っているのか、いないのか、リリアナ嬢を抱き寄せながら、軽薄にロンが答えた。
「いや!俺はそういう意味じゃ無くて!俺は勿論マリンを愛しているけど、リリアナ嬢は誰もが欲しがるような凄く魅力的な女性だろう?こんないい子を泣かせたら、ロン、お前とは絶交だからな!ウィルもそう思うよな?」
『あぁ。そうだな』
ウィリアムは複雑な気持ちでそう答えた。
確かに、リリアナ嬢のような可愛らしく一途な女性は、もう二度とロンの前には現れないだろう。リリアナ嬢と別れたら、間違いなく私からのロンへの評価は落ちる。
ただ、リリアナ嬢にとっては、ロンとは別れた方がいいのかもしれない。
もっと彼女に対して誠実な男性が居るはずだ。
そう思った瞬間、顔を上げたリリアナ嬢の薄い茶色の瞳と目があって
(ドキッ)
ウィリアムはとっさに顔をそむけてしまった。
(しまった。リリアナ嬢の瞳が綺麗で、つい咄嗟に顔をそむけてしまった)
今にして思えば、この頃にはリリアナ嬢の事を、ロンの恋人としてではなく、女性として好ましく思っていたのだが、この頃の私は、ムクムクと湧き上がるリリアナ嬢への感情に気づいていなかった。
◆◇◆◇◆
ある日、従者を連れて大通りを歩いていると、ロンが派手な女性と、ジュエリーショップに入るのが見えた。
(あれは、ロン?何故リリアナ嬢以外の女性と宝石店に?)
見間違えかとも思ったが、どうしても確かめたい気持ちを抑えきれず、ゆっくりと宝石店に近づいた。
ガラスの窓から店内を伺うと、そこには女性のくびれた腰に手を回し、デレデレしているロンの姿が、、、。
ロンに対し、怒りがわく。
それと同時に、悲しそうに俯くリリアナ嬢の姿が頭に過ぎった。
後日、努めて冷静にロンに問いただす。
『ロン、先週の土曜日、大通りの宝石店に居なかったか?』
「あ、あぁ」
『一緒に居たのはリリアナ嬢か?』
「いや、友人のルビー=トンプソン伯爵令嬢だ。リリーに渡すプレゼントを選んで貰っていたんだ」
『そうか』
(嘘だ。あれは友達の距離感では絶対に無かった。こんな浮気者のロンと一途なリリアナ嬢がこれから先も上手くいくとは思えない。お節介なのは重々承知しているが、リリアナ嬢にはロンとの仲を考え直すよう忠告しておこう)
後日、ロンには内緒で、グライン伯爵家に先触れを出し、リリアナ嬢の住む屋敷に赴く。
『リリアナ嬢、突然すまない』
「いえ、どうかされましたか?」
『あぁ。実は、他国で有名な菓子職人が我が領に滞在していてな。他国で流行っているフロランタンクッキーなるお菓子のレシピを貰ったんだ。お菓子作りが好きな君なら喜ぶかと思って』
嘘ではない。母親がお菓子好きで、偶に有名な職人を他国から招聘しているのだ。
「まあ!わざわざありがとうございます!とても嬉しいですわ!」
頬を上気させながら、ニコニコと嬉しそうに「ロンも喜んでくれるかしら!」と、真っ先にロンの話をするリリアナ嬢に、ウィリアムの心はモヤッとした。でも、
「あっ良かったらウィリアム様も食べていただけますか?是非お礼がしたいのです」
と、リリアナ嬢がとても嬉しそうに言うものだから、頬が緩まないよう気をつけながら『あぁ、君さえ良ければいただこう』とクールに答えた。
リリアナ嬢から、初めて手作りお菓子が貰えるというだけで、これほど胸が踊ることにウィリアム自身少々驚いた。
「はい!」
と、ニコニコ嬉しそうな微笑む彼女の笑顔を、守りたいと思った。それと同時に、自分がリリアナ嬢に対し、人としてではなく、女性として好感を抱いていることに気づいてしまった。
ただ今日ここに来た本当の理由はこの話ではない。私は、彼女の笑顔を一番奪ってしまうであろうことを、伝えなければならない。
『リリアナ嬢、今日は実はもう1つ、伝えたいことがあったんだ。大変言い辛いんだが、、、ロン、アイツとはもう別れた方がいい』
「、、、それは、何故ですか?」
リリアナ嬢の顔から、笑顔が消えた。
『何故ってそれは、、、』
「ロンが他の女性と親しくしているからですか?」
『君、知っていたのか?』
「勿論です。ロンの事はずっと前から見ていましたから。遅かれ早かれ、こんな日が来ると思っていました」
『じゃあ、「でも、私から別れを告げることはありません」
『何故?失礼だが、君に合う男性はもっと他にいると思うぞ』
「ご忠告ありがとうございます。ウィリアム様はお優しいんですね」
そう瞳を潤ませながら彼女は微笑んだ。
本当は、彼女から「別れる」という言葉を聞きたかったが、これ以上の説得は酷だろうと思い、後日また会いに来ることにした。
『とにかく考えておいて。今度はソルと来るから』
彼女は、その言葉を聞くと、身体をピクッと反応させ、小さくこっくりと頷いた。
だが、その数日後、ウィリアムは失意で項垂れた。
私の忠告が彼女に全く届いていなかったことが判明し、もっとしっかり説得していればと後悔した。
なんと、リリアナ嬢がロンと《婚約》してしまったのだ。
◆◇◆◇◆
二人が婚約した以上、ウィリアムが間に入ると事を荒立て、却ってリリアナ嬢を不幸にしかねない。
婚約したということは、ロンだって腹を括ったということだろう。
そう思ったウィリアムは、二人の幸せのため、少し彼らから距離を置くことにした。
(一緒に居たら、リリアナ嬢に『ロンは辞めとけ』とお節介を言いかねないからな)
ただその間も、主にソルの口から、ロンの浮気話を耳にしてしまい、どうしてもリリアナ嬢のあの悲しそうに潤んだ瞳が、表情が脳裏から離れなかった。
そんなリリアナへの好意を捨てきれないまま、王家主催のパーティに参加した時
(あれは、リリアナ嬢?何故彼女が一人で?)
リリアナが一人で佇んでいるのが目に入った。
いや、今考えるのはよそう。可憐な彼女が一人で居るのは危険だ。軽薄な男に捕まりかねない。
『ご機嫌ようリリアナ嬢。貴方のような方が壁の花とは勿体ないことだ』
淡いイエローのドレスを着た彼女は、まるで天使のような儚さがあった。
「ご機嫌麗しゅうウィリアム様。えぇ。ロンは何やら緊急事態が発生したとかで今日は来ないのです。ウィリアム様もお一人は珍しいですね。ソル様は?」
『あぁ、ソルは急な伝令で賊の討伐に向かった』
『そうなのですね?ではロンもその討伐に?』
『、、、』
答えられない。彼女がロンの浮気で傷つく姿を見たくない
「心配ですね。お怪我なされないといいのですが」
『辛くはないか?』
「え?」
『正式に婚約したというに、最近ロンとはあまり会っていないのだろう?』
「ふふっ。まさかウィリアム様がこう何度も心配してくださるとは思いませんでした」
辛いだろうに、そうハッキリ言わないで強がる姿がいじらしい。
『俺がそんなに冷たい人間に見えるか?』
「いいえ。ウィリアム様はとても暖かい方だと承知しています。ただ、ロンの恋人には一際厳しく接しなさると聞き及んでいましたので。やはり、噂なんて当てにならないものですね」
違う。その噂は本当だ。私が優しくしたいのは君だけだ。
『君は、、、今までのアイツの恋人とは何もかも違う。君はアイツには勿体ない。今からでも遅くない。傷つく前に婚約を破棄したらどうだ?君の立場が悪くならないよう私が取り図るから』
彼女が傷つく姿は見ていられない。
頼むから別れると言ってくれ。
「いいえ。私ではロンと釣り合わないことは、初めから分っていました。それでもお近づきになることを決めたのはこの私です。だから、ロンが私を側に置いてくれるうちは、そばにお控えしたいと思います」
『そうか、、、。君がそう言うなら。でも辛くなったらいつでも私に相談して欲しい。私はロンとは長い付き合いだが、それ以上に君の助けになりたいと思っているから』
私の言葉は届かない。
◆◇◆◇◆
そう思っていたウィリアムに、予想だにしていなかった転機が訪れる。
ロンが最悪の事をしでかしたのだ。
「リリアナ=グライン伯爵令嬢。君との婚約は今日限りで破棄させていただく!」
なんて事だ!こんな公衆の目の前で彼女を辱めるなんて、、、。
「、、、承知いたしました。ロナルド様のお心のままに」
毅然とした態度で対応するリリアナ嬢。彼女がどれだけロンを慕っていたかを《知っている》ウィリアムは、リリアナの気持ちを想像し、心を痛めた。
そして、愛する彼女のため、意を決して一歩踏み出した。
「待て」
カツカツと音を立てながら彼女に近づく。これから自分が行う一世一代の告白に、緊張からか脚が少し震える。
「リリアナ嬢。大丈夫か?」
『え、はい。ありがとうございます』
「ロン、君って奴は。こんな立派な婚約者との婚約を破棄するとは。愚かな、、、。でも、私にとってはそれも好都合だ」
ウィリアムは、リリアナの前で片膝をつき、すぅっと深く深呼吸をし、愛を乞う覚悟を決める。
「リリアナ=グライン様。どうか私の婚約者になっていただけないだろうか。私は、生涯貴方を、貴方だけを愛すると誓う」
リリアナは、少しの間固まった後、恥ずかしそうにウィリアムの手をとってくれた。
◆◇◆◇◆
唖然とするロンをその場に残し、リリアナを連れ出す。
彼女の小さな両手に、自分のものを絡ませながら
『リリー、私はずっと、ロンに懸命に尽くす君の姿に好感を覚えていた。友の恋人だと分っていたが、愛しく感じるのをとめられなかった。私なら、もっとリリーを幸せに出来るのに、他の令嬢に目移りなんかしないのにと』
『リリー、愛している。どうか一生私の側にいて欲しい。私の妻として』
精一杯の愛を囁く。
「ありがとうございます。こんな私で良ければ、是非お側に居させてください」
こうしてウィリアムは愛しい人との、幸せな生活を手に入れた。