夜は明け朝がいざなう第6話
俺は寝ている時間が好きだ。
動植物を愛でている時の次くらいに。
なんと言っても何も考える必要がないのだから。
特に今日はいろんなことが起きすぎて疲れている。
だから早く寝て面倒な世界から解放されたかったのだ。
しかし……。
「おはよーダイヤ♡」
俺が布団に入って眠りについたはずが、なぜか目の前にはデスナ。
そして黒い柱が6本そびえ立ち、外には黒い何かが永遠に広がっている謎の空間。
「どこなんだここは!」
「ダイヤの夢の世界だよ! 遊びに来ちゃった♡」
俺はそもそも夢を見たことはない。
といっても人間は必ず寝ている間は夢を見ていて、それを覚えていないだけだという。
「どうやって来たんだよ……」
「私は肉体的に繋がっている人間の夢にお邪魔できるの♡」
繋がっている?
「ってことはまさか現実では今!」
「あらら、なに変な想像してるの? 安心してただのキッスだから。……ちょっと大人のね」
なんだディープキスか。よかった。
……いや全然よくないぞ。
駄目だ感覚が麻痺している。
「そうそう。報告なんだけど、昨日ダイヤが作った眷属が倒されたみたい」
「ふっ……脛喰いは俺の眷属の中でも最弱」
「夜になる前に倒されるとはヘビ系怪人の面汚しね」
……四天王ごっこをしている場合ではない。
脛喰いは確か町内放送で不審者扱いされてたな。
デスナによれば俺に自由を与えられたことで人間を襲っているとのことだった。
ちょっとやらかしたと思ったが、別に人間が死ぬ分には問題はないし、動植物に危害を加える手合いでもないというので放置して寝た。
「倒されたってどういうことだ? いったい誰に?」
あんなやつ倒されても問題はないが何が起こったのかは知っておくべきだろう。
「私も見てないから知らないけど、まあ光の神の使者の仕業ね」
「光の神の使者とはデスナにとっての俺みたいな存在か?」
「そう。光の神は優秀な人間を引き入れたみたいね。脛喰いが生まれてからたった58分で倒してくれちゃいました!」
58分とはかなり早いな。
確か脛喰いを作ったのが17時15分前後で、町内放送があったのは18時前だったか。
ワープ能力でも持っているのだろうか?
もしくはこの近所に……。
「おかげで被害がパーよ? パー!」
「まあ俺には関係……待てよ。田山も戻ってくるのか?」
「ああ、素体の人間なら浄化されても戻ってこないわよ。永遠の悪夢に囚われ続けるの」
「それはよかった」
厄介な隣人は死んだ方がいいからな。
「あーあ、いいなあ優秀な眷属。こっちはダイヤで我慢してるっていうのに」
やはりデスナは俺では不満らしい。
「俺もどうせなら光の神とやらの方がよかったな」
「光の神は男よ。BL? BLをお望みなの?」
女にも男にもほとんど興味のない俺はNを自認しているが、デスナが相手だと正直男相手と大差ないと思う。プレイング的に。
「ところでもう7時半だけど、起きないの?」
もうそんな時間だったのか。
夢の中だからか時間の感覚が全くない。
「遅刻確定の時間に教えないでくれよ……」
「遅刻確定って割には落ち着いてるのねー」
覚悟ならとっくに決まっている。
「額に宝石を付けたやつが学校に行けると思うのか?」
「そのレッドダイヤなら普通に隠せるよ?」
えっマジで?
もう学校行けないと思って人生設計を見直してたところなんだけど。
「もっと早く言えよ!」
「聞かれなかったもーん。っていうかさ、あなただって本当は人間的な生き方をしたいんじゃない」
ムカつくこいつ。
「……それで、どうやって夢から覚めればいい?」
「起きたいなーって思えば起きれるよ」
起きたいなー。
パチリ。目が覚めた。
そして同時に重量を感じる。
俺の着てたはずの寝巻きがはだけていた。
「おはよーダイヤ♡」
……繋がってた。寝てる間に。
「なんだよこれ!!」
ドンッ!!
俺の怒声を聞いた隣人からの壁ドン。
「……なんで田山生きてるんだよ」
「デスナわかんない」
……こいつには期待できないな。
「で、額の宝石の隠し方は?」
「普通に押し込んで」
俺は指で宝石を押し込む。
こんな簡単なことでよかったのか。
俺は教科書を鞄に全て詰め玄関へ向かった。
「……いってきます」
「いってらっしゃーい♡」
出かけるときの挨拶。
こんなやりとり10年以上していない。
まあだからなんだという話だが。
俺は部屋を出て小走りで学校へと向かう。
階段を下り、アパート1階まで差し掛かった。
「遅刻遅刻ー!!」
101号室のドアが勢いよく開く。
中から食パンを咥えた女の子が出てきて俺に勢いよく衝突した。
俺は思わず尻もちをつく。
なんてベタな展開だ。
ん? なんだ?
俺の口に何か……。
気づくとぶつかった勢いで跳ね上がった食パンは俺の口がキャッチしていた。
砂糖醬油味だ。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
慌てて声をかけてきた彼女を見ると天井中央高校――俺と同じ高校――の制服を着ていた。
「あっ! 紅葉くん! 紅葉くんだよね?」
彼女が俺の名前を呼んでくる。
クラスメイトだったか?
「え……っと、すみません。誰でしたっけ?」
俺は食パンを彼女に返しながら訊いた。
「ええっ!? ほら私、三楓有沙だよ同じクラスの。っていうか隣の席の!!」
隣の席だったか。
そういえば声に聞き覚えが……。
「あー、思い出した」
確か始業式でやらかしてた子だ。
まあそのことは触れるまい。
「やっと思い出してくれた? はむっ」
三楓さんは食パンを一口かじる。
間接キスとかは気にしないタイプらしい。
「……ごめん。転入してきたばかりでまだ全然名前覚えてなくて」
俺は取り繕ってみせるがこれは半分くらい嘘だ。
覚えていないのではなく他人の名前を覚える気がないのである。
昨日の自己紹介の時間はボーっとしていた。
「それより早く学校行かないと! ほら、一緒に行こ?」
三楓さんは焦ったように言う。
えっ? いや待て待て待て待て待て待て。
一緒に? 俺が? 登校? 女子と?
うん、断ろう。
それがいい。