目覚めるとそこは第23話だった
というわけで死んだフリをしている俺視点だ。
「大夜くん。闇の使いに殺されてしまったというのか……」
増戸さんが俺の身体を揺さぶる。
無表情、身体を動かさないことが得意な俺には反応しないことなど容易い。
「なら彼は闇の使いを目撃しているはず。生き返らせることさえできれば手がかりを得られるかもしれないな」
嫌な予感がしてきた。
三楓さんのように人工呼吸したら吐くぞ。マジで。
「これは賭けになる。時間的猶予はない。直ちにアサに確認しなくては」
独り言多いなこいつ。
「伝達術……。もしもしアサ?」
伝達術。三楓さんが昨日トイレでやってたやつか。
通話内容は周りにも聞こえるんだよな。
スピーカーモードで電話をするようなものだ。
「至急君の判断を仰ぎたいことが……」
『なんですかさっきから! 判断くらいそっちでしてください! こっちは本当に立て込んでるんで切りますね! ガチャリ! ツー、ツー、ツー』
「ちょ、待て……切られてしまったか」
グダグダ過ぎるぞ光陣営。
……俺が言えた立場ではないか。
「もう一度。伝達術……!」
『おかけになった伝達術は、お客様のご希望によりお繋ぎできません』
「な……着信拒否だと……?」
なにその機能。
「いや、これはアサが私を信じているからこそ、私に全てを委ねるという決意の表れではないだろうか。そうだ、私が彼女を信じないでどうする……!!」
なんらかの決意を固めたようだ。
変な方向にポジティブだなこの人。
三楓さんと同じだ。お似合いじゃないか。
「始めるとするか。大夜くんの蘇生を……!」
そ、蘇生?
人工呼吸じゃないだろうな。
光の神は俺の胸に両手を当てた。
「散り行かんとす紅葉大夜の魂よ……。光の力と共に肉体に集い、此処に再び宿り給え……!」
なんだこれは。
俺はどうするのが正解なんだ?
死んだフリをしている俺に対して蘇生が行われるということは、俺は死んだフリを適切なタイミングで止めて生き返ったフリをする必要があって、しかしそのタイミングをどう見極めるか。演技力も問われる。
いや、蘇生自体が嘘でカマかけという可能性も……。
この光の神はデスナよりも純粋そうに見えるが、実際のところはわからない。
だが蘇生が本当なら生き返らなくてはおかしいわけで……。
増戸さんの反応を見て適当に対処するしかないな。
「――はぁああああああ!!」
光のエネルギーが俺の身体に注ぎ込まれ――
ってちょっと待て痛い痛い痛い痛い痛い!!!!
俺が闇属性だからなのか?
待て、本当にヤバい、痛い、死ぬ! ええい。
「うわああああああっ! お、俺はいったい!?!!???」
生き返ったフリをするつもりがめちゃくちゃ取り乱してしまった。
「おお! 気がついたか大夜くん!」
「ま、増戸さ、うぷっ」
増戸さんにいきなり抱きつかれる。
まだ全身が痛いからやめてくれ。重い。
神ってのはみんな抱きつき癖があるのか?
「ど、どうしたんですか?」
「あ……す、すまない。ちょっとフラっときて……」
増戸さんは俺から手を離すが、再び足がもつれて俺の方へ倒れる。
「おわっ」
ドサッ。
気がつくと増戸さんは俺に覆い被さるように倒れていた。俗に言う床ドン状態。
彼の顔には大量の汗が浮かんでいる。
「大丈夫ですか!」
「……す、少し疲れているらしい。私のことは、うっ」
「増戸さん!?」
増戸さんの呼吸は荒く、俺が呼びかけても反応がない。
神を病院に連れていくわけにもいかない。
俺は増戸さんの下から抜け出る。
さて、どうしたものか。
このまま置いていくこともできるが……。
奥の部屋に布団があったはずだ。俺は奥の押し入れを開ける。
ホコリが大量に舞った。だが不思議とクシャミは出ない。
俺はハウスダストアレルギーなのだが、闇の力を得ると共に治ってしまったのだろうか。
だがこの汚い布団では逆に体調を悪くしてしまうだろう。
畳に寝かせたままにしておこう。
問題は全身の汗だ。
パリパリのスーツからにじんでしまっている。
こういう場合は脱がせて拭くしかないだろう。
は? こいつスーツの下全裸か?
なに考えてんだこいつ。
他人の汗は臭くて嫌いだが、光の神だけあってか無味無臭である。
……いや、汗食わないから知らんけど。言葉の綾だ。
だが普通の水に比べるとベタつく感じがある。
濡れタオルで増戸さんの汗を拭う。
……タオルの水が増戸さんの肌に吸収されていく。
怖っ。汗拭きはやめとくか。
三楓さんと連絡を取れればいいんだがな。
デスナが倒れていた時は俺とアレすることで治ったから、三楓さんと光の神をアレさせれば……いや、想像しないようにしよう。
というか待て。冷静になろう。
なぜ俺は光の神を助けようとしているんだ?
そうだ、放っておいてもいいはずだ。
俺は増戸さんから目を離してスマホに目を落とした。
メールが来ていることに気づく。
昨日アドレスを交換したばかりの黒空さんからだ。
件名は無し。画像が1枚。
写メというやつだ。
人が2人写っている。
黒空さんと……デスナのツーショット!?
なにがあったんだおい。
この背景は、スーパーだな。
買い物中に鉢合わせて絡まれた、といったところか。
いろいろと面倒が起きていそうだが、今も一緒にいるのだとすれば、こちらも下手に返信しない方がいいだろう。
黒空さんが俺の考えている通りの人間ならば他人からの介入や手助けは最も忌むはずである。
というか2人ともカメラ写りいいな。
ちなみに俺は結構悪い。
「うぅ……ん……」
かすかな唸り声が聞こえる。
増戸さんが目を覚ましたようだ。
「大夜くん。よかった。助かったんだな」
助かったんだな、はこっちのセリフである。
「ん。君が看病してくれたんだな。ありがとう」
「……別に、なにもしてません」
俺は適当にはぐらかす。
「いや、私には判るよ。現に私が回復しているのがなによりの証拠だ。君には感謝してもしきれない」
そういうものなのか。
ずっと近くでスマホ見てただけだけど。
「そうだ、君に聞いておきたいことがある。君は捕まえた男を見張っていたはずだが、その時なにがあったのか詳しく教えてくれないか?」
やはりその話になるか。
そりゃあそうだ。俺を蘇らせたのはこのためなのだから。
参ったな。どう答えよう。
「そ、それが俺にもさっぱりわからなくて……。急になんかこう、いろいろと、なって、煙みたいなのが、もわってなったっていうか……。なんか、そういう病気?とかかもしれないですね」
……我ながら雑なごまかし方だ。
「そうか……。君を襲った者については覚えてないか? 顔や背格好、なんでもいい」
「い、いやー。見てな、覚えてないですね。気がついたら倒れてた感じなので……すみませんお役に立てずに」
「気に病まないでくれ。悪いのは私だ。近くにいながら君を守れなかった私が悪い」
この人はなんでも自分のせいにしてしまう悪癖があるように見える。
悪いのは俺一人だけなのに。
『ピコピコ、ピロピン♪ ピコピコ、ピロピン♪』
「おっと、着信だ。少し席を外すぞ」
伝達術の着信があったらしく、増戸さんは立ち上がって部屋を出た。
……伝達術の着信ってなんだ?
「もしもし」
『もしもしマストさん? 大変です! 怪物におうちが壊されちゃいました!』
大して離れていないので音声が筒抜けである。三楓さんも大声だし。
どうせ忘れると思っているんだろうがもっと気を使えよ……。
まあいい、俺にとっては好都合だ。
……って家が壊されたぁ!?
俺にも関係あるぞおい!