赤ばむ第2話問答無用!
赤ばむダイヤモンド!
俺の名前は紅葉大夜。今日から高校2年生だ。
両親と縁を切るため進級を境に私立天井中央高校に転入し、夢の一人暮らしを満喫している……はずだった。
「はーい♡ 先にお昼いただいてまーす」
額には赤い宝石。俺の部屋で堂々とくつろぎ、後で唐揚げにしようと醤油ダレに漬けておいた鶏もも肉を生のまま、ご丁寧に俺の箸を使って食べている露出の高い黒い衣装をまとった女性。
名前は……闇の神デスナ。
本人曰く光の神との戦いで力を失った闇の神とのことで、人間の中で最も闇の力が高い俺に目を付けたのだという。
正直半信半疑だが諸々の能力から人間じゃないのは確かだ。
「なんでお前が俺の部屋にいるんだ!?」
「あれー? ちゃんと説明したでしょう? ダイヤは邪神に選ばれた人間。力を失った私の代わりに世界を闇につつむ責任が……」
デスナは悪びれずに再び説明をする。
「その話はだな……」
作者都合で全部カットされたんだよ、と言いかけてやめた。
「その話は、何?」
「いや、話じゃなくて鼻血。その丸出しの格好でいられると鼻血が出そうだ。貸すから普通の服を着てくれ」
我ながら雑なごまかし方だ。別にそれほど興奮もしてないし。
「これ邪神の正装なのに。あとそういうときに血が集中するところは鼻じゃなくて……」
「聞きたくないって」
さて、読者の皆様にも事のいきさつを説明しておこう。
俺は今日学校からの帰り道で倒れている女性を発見した。
それがこいつ、デスナだ。
その時は上半身裸でズボン吊りで胸を隠しているという今よりもっとヤバいというか、明らかに関わってはいけないタイプの格好をしていた。
もちろん見捨てて迂回しようとしたところ、いきなり起き上がって鬼のような形相で追いかけてきて地面に押し倒され体液という体液を……これ以上はやめておこう。
教訓:人生はヤバそうな奴に遭遇した時点で詰む
「なあに? さっきのこと考えてたの?」
思い出しているうちに溜息が漏れ出ていたようだ。
「当たり前だろ……。初めてだったのに」
前も後ろも上も。
「光栄なことでしょう? 私も初めてだったし。ひょっとして好きな子でもいるの?」
「いない」
俺は即答する。好きな人以前に仲のいい友人も家族もいない。
人間というものが根本的に苦手なのかもしれない。
「やっぱりー。そういうタイプの目をしてるもんね。この私への反応も鈍かったし……」
確かに俺はよく眠そうな目だと言われる。
他人との違いは判らないので正直ピンとこない。
「でもさ、だったら大切にするものでもなくない? あなたの身体は」
まあ……近しい人がいないというのはそういうことになるか。
俺が何を経験しようが、極論今死んだとしても困る人はいないだろう。
ではなにがそんなに嫌だったのか。
「……本能だろうな。生きる者の」
「ふーん。生きるのヘタだね。ダイヤって」
デスナは配慮という言葉を知らないのかズケズケとものを言う。
繋がりを持つべしというのは人間的な尺度だと思っていたが、どうやら神にとっても同じであるらしい。
「生きるのが下手で悪かったな」
「ううん? ちっとも悪くないよ。だって私悪い子好きだもん」
邪神にだけ好かれても困る。正直。
「俺は嫌いだけどな。自分のことが」
「うんうん。やっぱりダイヤは見込みあるよね。そういう偏屈卑屈の屈斜路湖な人間こそ闇の力は深く深ーく輝くの。今のあなた、世界で1番輝いてるわ!」
デスナは急に興奮して立ち上がった。
「さあ、私と一緒に世界を闇で……!」
ドンッッ!!!
壁から鈍い音がする。
デスナが騒がしいのでアパートの隣人が壁を殴ってきたのだ。
いわゆる壁ドンというやつ。
俺の隣の部屋、302号室の田山さん。
引っ越しのあいさつのときは居留守を使ってきたくせに権利はしっかり主張するんだな……。
まあ迷惑をかけたのはこっちだ。
俺はデスナの口元を手で塞ぐ。
「やめろ近所迷惑だから」
『なんでそんなこと気にするの? どうせ人間はみんな消すのに』
おかしいな。口を塞いでるのにデスナの声がする。
どうやってしゃべっているのか気になるが、面倒なので聞かないことにした。
文字数的にもそろそろあれだし。
それよりも人間を消すという話に少し興味がわいた。
「そんなこと本当にできるのか?」
俺はデスナの口から手を離した。
今気づいたが、さっきまで胸を押しつぶしていた。
傍から見ればセクハラもいいところだ。
「ええ、闇の世界に人間は不要だもの。もちろんダイヤは例外。あとダイヤが気に入ってる子がいるなら残すけど」
どうせいないでしょう?という目でデスナが見てくる。
いや、俺の被害妄想かもしれない。神相手にもこれである。
「すべては私に力を貸してくれれば……ね♡」
俺が初めて悩むそぶりを見せたためか、デスナはここぞとばかりに甘い声で誘惑する。
別に俺は人類を滅ぼそうと思っているわけではないが、人間同士のしがらみは嫌いだし滅びても気にしないであろうことは容易に想像がつく。
「前向きに検討したくなってきたな」
「それしないやつじゃないの。神をからかわない。メッ!」
別にからかってもないんだが……。
「闇の世界は最高よ♡ 世界中がこの部屋みたいに暗くってじとじとしてて……。植物は枯れ果て、動物は死に絶え、人間は」
え?
「待て待て待て、植物と動物は駄目だ」
「えーなにそれ。ああ酸素とか食べ物の心配? ダイヤなら闇を吸って生きていけるからノープロブレム♪」
「違う違う。森の緑を浴びることはできなくなるのか? 近所の家の庭の花を愛でることも? 通りかかった野良猫を……」
俺の必死な様子にデスナはあきれたように応える。
「はあ? あなたそういうの好きだったの?」
「ああ。この世界で生きていく唯一のモチベーションだ。見てくれ、これはネットで拾った写真。陽の光が緑を通してまろやかに差し込んでいるのが素晴らしいだろ。これは今朝登校中に撮った三毛猫。この毛並みが」
つい口早にまくしたてる俺をデスナが静止する。
「あのねえ。動物はちょっとなら許可できるけど植物は命を作るでしょ」
「人間だって作る!」
「下ネタはやめなさい。闇の世界にそんなもの要らないの。お花見も森林浴も我慢。あなたはそういうタイプじゃないと思ってたのに」
さっきまで俺のことを肯定しておきながら結局否定か。邪神と理解し合えると一瞬でも思った俺が馬鹿だったようだ。
「俺は降りる。お前とはやっぱり合わない」
俺は黙って生肉の乗った皿を片付けはじめた。
どうしたらこいつを追い出せるのだろうか。
塩を撒いたら死なねえかな。
「へえそう! やっぱり人間に私を受け入れてくれる人なんていないんだ! でもこっちだって必死なのよ。このままむざむざと光の神の使いに消されるわけにはいかないの」
デスナは額の赤い宝石から二筋の光線を発射する。
光線はニュルリと動きを変え俺の両目に差し込まれた。
同時に俺の額の中央部がズキズキと激しく痛みはじめる。
「さあ、苦痛の中で私という存在をじっくり味わいなさい。心の闇を私の影で……きょうめ……い……」
俺が想像を絶する痛みに耐える中、デスナの意識もまた消えかかっていた。