33.夜明けで見る景色
暗闇のち晴れ。
闇の中にいた。
苦しくて苦しくて、生きたくなくて、死にたくて。
人生がどうしようもなく辛かった。
きっと己が救われることはないのだろうと、暗闇の中で泣いていた。
本当に真っ暗だった。何も見えなかったし、何も見たくなかった。
自分は生まれてきたことが罪なのだと、生きることに苦痛しか感じていなかった。
ただ息をしているだけ。ただ鼓動を打っているだけ。それだけなのに、ただ苦しかった。
本当は息もしたくないし、心臓の動きも止まって欲しかった。でも、やっぱり死ねなかった。
思考も意識も、己が存在ごと。己の何もかもが、この世から消えることを願っていた。
それでも。
それでも自分は、生き続けた。
ただ耐え忍んだ。苦痛を受け続けた。
ああ、本当によく耐えた。あらゆる苦行に耐えたなぁ。
人の集まる場所へ赴くこと。
人と会話すること。
健康的な生活を意識すること。
社会生活におけるタスクをこなすこと。
心無い言葉や浅はかな助言を聞き流すこと。
楽しいことや好きなことを思い出すようにかつて好んでいたものに手を伸ばすこと。
感情が塗りつぶされる思考を無理矢理にでも止めること。
魅かれる終焉の想像をやめること。
価値ある言葉を素直に受け止めること。
何がきっかけか、自分でもよく分かっていない。
これかもしれない、という例はいくらでも挙げられる。だが、そのどれもが、確固たるきっかけにはなり得ていない。
たぶん、少しずつ変えることができたんだ。変わっていったんだ。
それは、ずいぶんと重い荷を乗せた台車が、時間をかけて、かけて、かけて、やっと動いたかと思えば止まって、でもやっぱりまた動き始めて、何度か止まって動き出して、少しずつ止まらなくなって、やがて動きがスムーズになって、手をかけずとも動き続けることができるようになったように。
何度か、強く願った。強く決心した。強く希望を持った。
すぐに暗闇に落ちた。真っ暗で、泣いて、涙を枯らした。
魂はカラカラに乾いて、ひび割れを起こしていたこともあった。なかなか傷が癒されないと思っていたら、穴が開いていたり、心が動かされないと思っていたら、凍っていたり。
でも、しばらく経って、また強く願った。強く決心した。強く希望を持った。
そしてやっぱり沈んだ。深く、深く、底なし海に溺れていた。
何度も何度も繰り返して。途方もないほど繰り返して。その度に、自分は本当にそういう性質なのだと、やっぱり救われない存在なのだと、そう思った。絶望、失望、諦めを繰り返した。
でも。それでも。
やっぱり自分は光を目指した。虚ろに、でも確かに。手を伸ばし続けたのだ。それはもう、本能的に。
人間はくだらない生き物だ。愚かな生き物だ。でもそれは、人間を低く見た時だけに言えると分かった。
自分はくだらない存在だ。愚かなものだ。でもそれは、他者を美化しているだけにすぎないのだと知った。
“それ”の良いところも悪いところも、自分は確かに見ているはずなのに。自分の苦しみを正当化しようとして、大きな意味があるのだと思いたくて、“何か”を貶めていたのか。
きっと、世界の全てに、意味はあって意味はない。何にも大いなる意味などないし、大いなる意味を自分なんぞでは計り知れない。
だから。
だから、自分で意味を持たせることにした。
自分の世界に、自分だけの意味を、一つ一つ与えてやることにした。
大切にしたいものに意味を見出し、いらないものにも意味を見出し、分からぬものは保留にして。
気付いたんだ。全てを抱え込まなくて良いのだと。後生大事にしなくて良いのだと。
今はまだ、完全には手放せていないものもある。ドロドロした嫌なものでも、いつかは手放せそうだと、今はそれが分かっているだけでもいい。
手放した方が良いものは、時間をかけて手放そう。
すぐに手放そうとして、それもまた苦しむなら、まだ抱きかかえていてもいい。時間をかけて、抱くその手を緩め、緩め、緩めて。ふと離れ、それに気付いてまた拾い上げてしまっても、もうきっと、強く抱かずに済む。前より手放せるまでにかかる時間は早いだろう。そして、いつか、永遠の別れを告げるのだ。
大切なものに目を向けていた方が、自分のためになる。今は、それができる。そう、ようやくできるようになったんだ。
自分はすでに、闇を抜け出している。
自分は今、光の目の前にいる。
進み続けよう、朝が来るまで。
暗闇のち晴れ。




