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憂鬱の民[エッセイ・小説短編集]  作者: 紀ノ貴 ユウア
21/35

20.呪われたレナセール

 19と対になっているものです。


 やっと手に入れた幸福。

 何度も、死んだ。

 いつも、何もできずに。



 嫌だ。もう嫌だよ。こんな人生……もう嫌だよ。

 何度も死んだ。その度に、また生まれた。いつだって何もできずに死ぬ。無意味な人生を送って。


 ある時は、裕福(ゆうふく)だけど非道な家の子。ある時は、兄弟の多い貧乏な家の子。

 高貴な家の子として生まれて、暗殺されたこともあった。奴隷(どれい)狩りに()って、こき使われて餓死(がし)したこともあった。


 死ぬ恐怖は、すでに何十回何百回と死んだぼくでさえも、(いま)だに抱えている。

 だけど、もっと怖いのは、生きることだ。生きる内に感じる苦痛が何よりも恐ろしい。


 (なぐ)られるのも、()されるのも、空腹なのも、(ののし)られるのも。

 忘れたい。何もかも忘れたい。きっと、全てを忘れられたら、こんな苦しくはないと思う。なのに、毎度毎度、全ての人生を覚えている。



 助けてよ!誰でもいいから! もう生まれ変わるのは嫌なの…。


 …ああ、でも、あのひと。あのひとがいるから、ぼくはまだ希望が持てる。一人じゃないって思える。

 何度生まれ変わっても、どこかで必ず見聞きする。息絶えることのないあのひとは、きっとぼくの仲間。死なない代わりに記憶を失うらしいから、ぼくとは真反対だけど。

 どうか生きていてね。生き続けてね。消滅し(死な)ないのがぼくだけなんて、そんなはずがないもんね?




 不思議。化け物と呼ばれているらしいあのひとと、これほど近くで接触(せっしょく)したことはなかった。

 今世は何かが違うみたい。今世は、あのひとを買った家の子みたい。

 生まれた時から(ひど)い場所だった。父親は他人をいたぶるのが好きな傲慢(ごうまん)な人間だし、母親は快楽(かいらく)(おぼ)れる強欲な人間だった。でも別に、平気だった。その力が、欲が、向けられる矛先(ほこさき)はぼくじゃないから。


 別に、関わるつもりはなかった。でも、家族の奴隷(どれい)じゃ、一つ屋根の下じゃ、全く関わらないなんてことはない。化け物を自慢したい両親に連れられて、初めてあのひとと(じか)に会った。



 ―――初めて、自分のこと以外で泣いた。


 やめて、やめてよ。お願い、やめて!このひとを傷付けないで、(いじ)めないで!

 痛いんだよ、それはすっごく痛いの。あなたたちには分からないでしょうけど!知らないから、そんなことができるんだ!ああ、やめて、やめろ!死なない傷は一番苦痛を感じるんだって!いっそのこと一思いに―――ああ、でもこのひとは死ねない…!


 嫌だ…!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ―――。


 ごめんなさい。ごめんなさい!アサーナトス!

 きっとぼくは、あなたを軽んじていた。全てを覚えていないからって。苦痛が残らないからって。でも間違いだった。あなたは死なない。苦痛が途切(とぎ)れない!あなたが人間に捕まっている限り、人間に苦痛を与えられている限り!



 ぼくはずっと、助けて欲しいと思っていた。誰かを助けられるかもしれない場所にいながら、自分のことばかり考えて、結局いつも(ひど)い最期を(むか)えていた。

 ごめんなさい。やっと気付いたの。(なげ)くだけじゃ何も変わらないんだって。

 分かってる。きっとこれも、無意味なんだって。“誰か”を期待していないあなたは、きっとぼくの(はげ)ましも憐憫(れんびん)も求めていないのだろうけど。それでも、泣かずにはいられないの。



 逃げよう。ここから。この、人間たちの世界から。

 ぼくが必ず、あなたをここから出すよ。たとえ、ぼくが何度死のうとも。何度でも生まれ変わってあなたを連れ出すよ。

 そうしたら、そうしたら……。


 ―――ねぇ、アサーナトス。一つ、お願いをしてもいいかな…?これだけは、願っていてもいいかな…?

 あのね…、もしあなたがこの先ずっと死ねなかったら、ぼくはずっと生まれ変わって、あなたと一緒に暮らすんだ。それで、もしあなたが死ぬことができたら、その後はぼくも生まれ変わることがないんだ。そしたら二人とも、本当に一人じゃない。

 ね、このくらいは願っていてもいいよね。だって、ぼくにもあなたにも、どうしようもできないことだから。



 ―――うん。決めたの。ぼくはもう、無闇に“誰か”に助けを求めたりしない。願ったりしない。

 だから、これはぼくが叶えるよ。あなたと一緒に、叶えるよ。


 家を作ろうよ。小さくていい。アサーナトスとぼくが住めるだけの大きさで。

 ごはんを食べよう。ぼくが作るから。きっとすぐに上達して、アサーナトスも食事が楽しみになる。


 もう家具はいっぱいあるよ。でも、そうだね…アサーナトスが楽しそうだから、立派なものにしてもらおうかな。

 食材が増えるのは大歓迎だけど、毒は怖いよ。無理しないでほしいな…。え?ぼくのごはんが楽しみ?…仕方ないなぁ、今日はアサーナトスの好きなものを作るよ!




 アサーナトス…、


 アサーナトス…、


 アサーナトス…、




 幸せなんだ。幸せだったんだ。

 だから次の人生が楽しみだよ、アサーナトス。こんなことは、初めてだ。


 でもね…一つ心配なことがあるんだ。それはね、ぼくが再び生まれ変わってあなたに会えるまでの時間、あなたを一人にしちゃうことなの。その間に、あなたがどこかへ行ってしまうことなの。

 ―――待っててくれるの?本当に!

 嬉しいな…。本当に嬉しいよ!今まで誰もぼくのことを待っててくれるひとなんていなかったもの。




 大丈夫だよね、不滅の者(アサーナトス)。ぼくと同じ、呪われた化け物。

 今までだって、ぼくはあなたに会うために生まれてきているはずだから。

 思ったより時間が掛かっちゃた。


 ―――ただいま。

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