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憂鬱の民(短編集)  作者: 紀ノ貴 ユウア
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14.攻略の生贄

 ちょっとホラーかな。

 短編小説みたいなものになりました。いつもより長いです。

「―――ということで、僕らはこの星にやってきた。」


 青年は少女に淡々と告げた。その内容は、青年が少女の星を侵略するための調査に来た星外生命体であるという衝撃的なものだった。彼はどこからどう見ても一般的な青年で、話し方も態度も完全に人間のそれだった。

 上手く擬態していたんだなぁ、少女は信じているのか信じていないのか曖昧な言葉を零す。


「そうかぁ。君、宇宙人だったんだぁ。」

「…信じていないだろ。」

 青年はもう一度説明をしようと口を開きかけたが、小さな手によって阻まれた。

 少女は青年の口を手で塞ぎながらへらっと笑った。

「信じてるよ、信じてる。」

 その目は人間じゃないもんね、と少女は手をどかした。


 眼球全てが真っ黒な青年の目。彼はこの話題を持ち出した時から、人間ではない証として一部の変身を解いていた。


「…でもさあ、君は何で私にその話をしたの?」

 少女は青年のほっぺを突いたり引っ張ったりして、感触を確かめている。好奇心が強いのか、怖いもの知らずなのか、自分とは違う知的生命体に遠慮がない。

 青年は少女の手を優しく掴み、やめさせる。そして、ぼんやりと少女を見ながら声を出す。


「…意見が聞きたいと思った。」

「へぇ、何の?」

「…自分の星に他の生命体が乗り込んでこようとしている現実について。」

「なぜ、私に?」

 少女はぽんぽんと質問を繰り出していく。

 青年はそれに間を置いて答えていたが、とうとう詰まってしまった。


「……ずっと一緒にいたから。」

「…。」

「聞くなら、傍に居た者に…と。」


 青年と少女の関係は、浅いものではない。世間一般的には、幼なじみとも呼べるほど長い付き合いだ。小学生に上がる前に少女が近所に引っ越して来てから、ずっと関わりがある。周辺の家々の子の誰よりも、少女は青年の傍に居た。

 頭の良い二人は、名門校であろうと易々と合格・入学し、とうとう国一番の大学まで同じとなった。そして、大学院にも入り、少女が就職先を探し始めたところで、青年がこの星の将来を明かしたのだった。

 少女は今まで、青年の頭の良さに疑いを持ったことはない。青年がただ観察対象として選んだ身近な少女が存外、知能が高いことに感心していたことだって知らない。ただ、なぜこうも近い場所にいたがるのかを不思議がっていただけで。


「…君は残酷なことを言うねぇ。」

 私でなかったらどう返されたか知らないよ、少女はとても可笑しそうに笑った。

「気の良い幼なじみが実は宇宙人でした…って、それもあなたの星を侵略しに来ました…って、なかなかだよ。あえて近しい者に意見を聞こうという判断は、間違っているとしか言いようがない。」

「…君なら、取り乱さないと察した。」

「能力を高く評価している、と捉えていいかな。」

 少女は立ち上がった。青年に向かって手を差し出す。

「少し外を歩こうよ。」


 二人は家を出た。

 外は大雨で、散歩日和とは到底言えない天気だ。少女は傘を差すと青年を中へと招き入れた。すっかり目を人のものへと擬態させた青年は、少女の手から傘を奪う。

 公園に行こう、と少女は告げる。


「君はどうして私に意見を聞こうと思ったの?」

「…この星の者たちがどう思うか知りたいと思った。」

「…私たちの文明レベルでは君たちに敵うとも思えないし、他の星へ移住することもできないから、きっと滅ぶしか道はないだろうね。」

 少女はきっぱりと断言した。説明の際に見せられた青年たち宇宙人の技術を見る限り、この星より思考も技術も圧倒的に勝っている。

「…共存ができるとは。」

「思わない。人間を研究して分かってるでしょ?私たちは、国単位の戦争を絶やさぬような、争いに生きる生命なんだよ。」

「…ああ。」

「どうせ流れる血があるのなら、いっそのこと、一瞬で全人類を滅ぼしてしまってよ。」


 青年は立ち止まりかけたが、少女は歩き続ける。


「この輝く黄金の星は、今や人間によって衰弱してしまった。この星にいた生物のほとんどは、私たちによって途絶えてしまった。私たちは私たち以外を考えられない非常に愚かな生き物なんだよ。全てが人間中心で考えられ、その世界も人間同士で()り合って作られている。未来への希望なんてまやかしで、絶望して消えていく命は増え続けている。幸せを知れるのはほんの一握りの人間。汚れた世界は、汚れた生物を消さない限り、美しい世界には戻れない。」

 空を見上げ、少女は語る。ビニール傘は世界を(いびつ)に映している。

「…かわいそうな星を正しく使うのなら、君たちが人間に粛清(しゅくせい)を施せばいいと思う。弱肉強食という(ことわり)を無視して、食って食われるという法則を忘れた私たちは、()に戻る必要があると思うから。」

 公園には誰かがいる様子がない。犬の散歩をする大人も、ボールを追いかけて遊ぶ子供も。


 少女は傘の下を抜け出し、ブランコに乗った。頭が濡れようとも尻が濡れようとも、構わず漕ぎ出す。

 青年は傍らでぼうっとその様子を見ていた。思い出すのは、少女が近所に来たばかりの頃。

 調査を開始したばかりのあの時、少女が遊ぼうと言うから、共に公園へと向かった。地図は頭に叩き込んだが、生活形態までは把握していなかったために、どのような行動を取ればよいか分からなかった。しかし、少女は観察対象として本当に最適だった。積極的な少女は、ブランコに我先と乗って青年に声を掛けたのだ。


「一緒に遊ぼう。」


 青年は傘を閉じた。近くの遊具に立てかけると、冷たい水にさらされながら少女の行動を真似た。

「ふふ…、ははは!!」

 少女は笑う。あの頃から変わらない、独特な笑い方。何がそれほど面白いのかというほど、豪快に声を出す。

 しばらく笑うと、少女はブランコを漕ぐのをやめた。

 それを見て青年も漕ぐのをやめた。自分を見つめる少女の顔を見つめ返す。

「それで?」

 ふと真面目な目をして問いかける少女。

「意見を聞いて、どうするつもりだった?」

「…。」

「私にやめてって言われたら何か変わった?」

「…君たちを、君を、残すか残さないか、迷っている。」

「残さなくていいよ。」

 少女は青年の前に立った。

「生きていてもしょうがない世界なんだよ、ここは。」

 嗤う少女は世界の破滅を願っている、青年はそう考えて混乱する。

「生きたくないのか?」

「生きたくないよ。」

「他人が死んでもいいのか?」

「死んでもいいよ。」

「嘘だ。」

 青年は立ち上がる。自らの手で少女の顔を包み込むように触れる。

「0.3秒の間があった。それは本気で思っていない。」

 少女は顔を一瞬だけ歪めた。しかしすぐに表情を取り繕った。青年の手をそっと払う。

「皆で恐怖も痛みもなく死ねたら、幸せだよ。」

 笑みはもう消えていた。

「…離してよ。」

 少女は掴まれている自分の手を見る。必死に離れようとするのは、冷たいその手が震えているのを隠したいからだろうか。

 青年はしっかり少女の手を掴んだまま。

「離して。」

 少女は一生懸命、抵抗するが、青年はびくりとも動かない。

「―――本当は怖いんだね。」

「…っ。」

「怖いのは僕?それとも死ぬこと?はたまた星外生命体が侵略に来ること?」

「…死ぬのは怖いよ。でも、生きたいとも思わない。得体の知れないものも、それがこの星に乗り込んでくるのも、怖いけどどうでもいいの。…憐れな生き物が死ぬ、ただそれだけでこの黄金の世界は救われ、君たちは居場所を手に入れる。」

「どうしてそんなに消えたがる?一緒に生きることもできると思わないのか?」

「得体の知れない者が乗り込んで来ると知ったら、普通の人はもっと怖いはずだよ。私は皆にそんな恐怖も不安も与えたくはない。きっと人間は負けると分かっても戦いを挑むはずだし、そうなれば多くの苦痛を味わうことになる。やっぱり、何も知らずに死ぬのが一番幸せだよ。」

「…。」

「…私を含め、決して少なくない数の人間がこの世界に失望している。誰かに楽にしてほしいんだよ。」

 青年は少女の手を離して傘を手に取る。開くと、少女にそっと寄り添った。


「―――決めた。」


 ふと青年は口を開いた。少女はゆるりと目を合わせる。

「僕らが君たちの姿を真似よう。僕らがかつてそうしたように、それと分からせずに溶け込めば、恐怖を与えない。」

 青年は瞬き一つせずに少女を見つめ続ける。

「君たち人間が壊している世界を、僕らが正しいものへと導こう。自然環境でも人間社会でも、全てが正常になれば、人間が生きる理由が見つかるはず。」

「…。」

「混ざり合ってしまえば恐怖も不安もない。僕らが人間を上手く軌道修正させれば、世界の輝きを取り戻せる。君の言う問題は解消される。」

「…君一人で決めてしまっていいの。」

「僕の提案は決定される。知りすぎた君が、ずっと僕の傍にいる必要があるけれど。」

「監視なんてされなくても、他言する気はないよ。…でも良かった。」

 青年と少女は抱き合った。少女はもう、震えていない。


「本当は、誰にも死んでほしくなかっただけなんだ。」




 青年と少女が立ち去った公園。ボロボロの東屋が寂し気に雨に打たれていた。

 そこで一人の人間(ホームレス)が呟いた。


「―――攻略完了。メシアM9-D1、エイリアンY1939を調伏。…我らが黄金の星の平和は“また”守られた。」

 その少女は天才だった。誰よりも早く自我を手に入れ、超人的な頭脳と精神を培い、僅か6歳で黄金の星を守る役目を仰せつかった。

 それはまさしく生贄と呼べる立場で、彼女は“役”にふさわしい行動を取るのみだった。


 しかし、完璧な少女は人間すらだましていたことがあった。

 彼女は己の星どころか人類、はてには自分の命さえどうでもいいと感じていた。だから彼女は嗤うのだ。


 この世の全てが馬鹿げていると。

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