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憂鬱の民(短編集)  作者: 紀ノ貴 ユウア
13/28

12.11回目の今日

 東日本大震災についてです。

“あの日”の話をしましょうか。



 いつもと同じだと思っていた。何かとてつもないことが起こるとは、朝も昼も思っていなかった。

 まず、揺れがあった。大きな揺れ。それが長く続いた。

 違和感はあった。あの日が来る前、地震が多かった。

 立ってなどいられない。机の下に潜ろうとも、その机が動くから必死になって(つか)むのだ。いくつか物も落ちた。幸い、私が当時いた場所はそれほど物を置いてなかった。それでも、照明が落ちてくるのではと冷や冷やした。

 長い。非常に長い。収まってきたと思っても、小さな揺れが続いていた。


 おおかた揺れが収まっても、胸が休まることはなかった。いつの間にか電気は消えていた。物は散乱し、コンクリートの壁や床には亀裂(きれつ)が走っていた。

 道路に人が出ていた。外がどうなっているか確認するためだ。屋根の瓦やブロック塀が落ちて砕けていた。古い建物は、軒並み被害に遭った。元々ボロボロだった建物は、跡形もなく崩れ落ちていた。

 寒かった。時期が悪く、雪が降っていたところもあったほどだ。もちろん急なことだから、着込んでなんていなかった。時間も少し悪かった。慌ただしくしている中、すぐに日は落ちた。恐ろしかったのは、家族の一人がどうなっているのか分からなかったこと。それだけが不安だった。そうして家族が欠けたまま、次の日を迎えた。


 朝が来た。不気味で恐ろしい空気だった。

 しかし喜ばしい知らせがたった一つ入った。家族が戻ってきた。黒く濡れた服には、無数の小さなゴミが付着していた。腹や胸辺りまで波に浸かったらしい。一緒にいた何人かは助からなかったと後に聞いた。汚れを落とそうとしたが十分な水もガスもなく、何日も経ってから、自家発電ができる知人の家の風呂を借りた。


 それからは大変だった。水も食料も、手に入れるのに苦労した。ガソリンを気にして、近所の人と助け合って食料買い出しに向かった。

 水は、井戸のある家からももらった。毎日、長蛇の列で、子供でも並んだ。

 食べ物は、必ず数に制限が掛けられ、時に買えないこともあった。近所で協力して情報を得て、一台に複数の家族が乗って向かった。最初は家にあった物、次はクラッカーなど携帯食でしのぐことが多かった。その後は近所の人で材料を寄せ集めて炊き出しもした。

 やがて買える品物が増えた。電気の付いていないスーパーで、個数に気を付けながら、それでもまともな食料が手に入った。その時ばかりは、不味くて嫌いな総菜パンも食べた。


 長い時間、ライフラインが断たれたまま過ごした。その間、工夫を凝らして生活をした。風呂、トイレ、食事…あらゆる面で、“日常”を見直す必要があった。

 それなりの生活に戻るのに、何か月も掛かった。ゆっくり、ゆっくりと。しかし、ライフラインが回復したからと言って、震災の被害を感じない時などなかった。

 それでも、普通の生活が戻って来ることに安堵(あんど)した。



 残念なことだが、あの頃の記憶が薄れてきてしまっている。断片的に残っていることもあるが、重要であるはずの記憶も消えてきている。震災当日や翌日のことはよく覚えているのだが、震災直後の生活、それから少し経った頃の生活があやふやになってきてしまった。

 せめて、あの大災害の恐怖と苦労を、一部でも伝えられたらと思う。



 亡くなった方々に、ご冥福をお祈りします。

 そして、今なお苦しんでいる方々に、明るい未来がありますように。

 長い時間をかけて、ようやくテレビが見れるようになり、あの日の海の様子が知れた。


 黒い水。真っ黒な水。濁ってる、なんてものじゃない。ただただ真っ黒な水。

 それが流れ込んでくる道路が、浅瀬の波打ち際のように思えた。しかし、その水が引くことはない。むしろより多くの水が押し寄せている。いつの間にか多くの水が渦を巻き、水しぶきを上げた。

 船や車はまるで鉄の魚。いとも簡単に流された。

 木造・トタンの家屋はまるで船。ゆったり流れ、ばらけていった。

 引き戻されていくそれが、何なのか分からない物体。そしてまた流れ戻っていく。

 町はゴミで溢れかえった。


 これは所詮(しょせん)、津波を体験していない者の感想だ。その恐れを本当の意味で知ることはできない。

 ただ、これだけは強く感じる。私の家族が、どれほど恐ろしい目に遭って、そんな中で生還できたことがどれほど素晴らしい奇跡なのかを。

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