竜狩りの話
ふと書いた短編です。(切りの良いところでカットしているので連載という形を取らせてもらっています。)
……俺はあの龍が憎かった。憎くて憎くてたまらないほど、憎悪を蓄えた。孤高を進もうとも、幾世を越えようとも、禁忌を犯そうともあの龍さえ始末できるなら俺はどんな事でもすると誓ったのだ…遠いはるか昔に……。
そしてようやっとこの時を迎える事ができる。長きに渡った復習の怨嗟に終止符を撃つ時が……
だが、まだその時では無いようだ。やつの姿は遥か地平の彼方に微かに見えるだけ、この場へ来るにはまだ少しの猶予があるようだ……そうだ、少し昔話でもしようか…
俺にもなぜ過去を振り返る必要があるのか、その意味は分からない。しかし何故だか過去を思い出し、語る必要があるのだでは無いかと囁くのだ。左の悪魔がそう呟く。
やつとの出会いは今から遥か昔、俺が竜狩りとして項を挙げ、ようやくその力を認められ個人での行動を許された若き日の事だ。基本的に個人行動と言っても二人一組で動くのが掟だ。
俺は相棒に親友のウィルを選抜した。ウィルとは同じ村の出で、友に最強の竜狩りになろうと誓い合った竹馬の友だ。
もちろんウィルも快く引き受けてくれた。
そして俺たちは初めての任務である、村に襲撃した竜を見事討伐し、竜狩りの本部がある、ダンジバルに向かう帰路であった。
「竜ぐらいだと、あまり手応えがなくなってきたなウィル」
「それは力を過信しすぎじゃないかな?」
「なに弱腰になってんだよウィル。俺たちの力なら必ず王国中に…いや、世界に名をとどろかす竜狩りになるぜ」
「……まったく、君は昔から気が早いな。でも、僕達2人ならやれない事はないよ!」
「そうだぜウィル!」
意気揚々と力を持ちかける。高揚感というのか、あの時は何もかもこの手でつかみ取れると本当に思っていた。
ウィルの言うように力を過信しすぎていた事にきずけなかった愚かさは今でも心に残っている。
「来る……」
「ん?いったい何がくるんだウィル?」
ウィルはその場に立ち止まり空を見上げていた。
「雨だよ。しかもここからすぐ近くだ。もうじきここにも雨が通る…どこか雨宿りできる場所を探さないと」
「雨ぐらいどうってことないだろ?」
「嫌。これから来る雨はかなり強いと思うよ、だからどこか雨宿りできる場所を探そう」
「…わかった、とりあえず手分けして探すか」
俺とウィルは手分けして雨宿りできる場所を探した。ウィルは昔から感覚が人よりも優れていた。雨や嵐など特に天気の変化に敏感でウィルの感が外れた事はほとんどなく、彼の感覚には俺は毎度のこと助けられていた。
そしてウィルの言った通り、大雨を通り越し暴風雨が当たりを襲った。近くの木々は大きくなびき、打ち付ける雨は肌にチクチクと刺さる。稀に見る異常気象、災害レベルとも取れるこの暴風雨の中やっとの事、雨宿りができそうな洞穴を見つけた。
俺はウィルを呼ぼうと後ろへ振り返ったが近くにはいなかった。少し遠くへ探しに行ったのかと、当たりを散策する。声を張り上げ友を呼ぶが、叩きつける暴風は声をかき消し荒れ狂う旋律が耳を奪う。
「クソ、この暴風雨じゃあいつが何処にいるかわかりゃしねぇ!」
無慈悲な自然に怒りを吐き出すと、まるでその言葉に反発するかのように、けたたましい轟音を立て、雷鳴が空間を振動させ音を牛耳る。
そんな時だった。嫌な予感と言うのだろうか?雷鳴を聞くやいなや背筋がぞっとするのだ。悪寒が身体中へ張り巡らされ、不吉なことがあるとあの雷鳴に告げられた気がした。
とても不安が溢れかえった気分だった。どこからともなく不安がよぎる。俺は走り急いでウィルを探した。ろくに視界もみえず、声すらかき消される状況でも友の事が心配でならなかった。
それから少しして、土手の上にウィルらしき影が見えた。たとえその影がウィルでなかろうとも、俺は急ぎ土手を登った。
頭によぎった一抹の不安が恐怖心を煽る。不吉な予兆は現実なのか幻なのか確かめずにはいられなかった。
またも雷鳴が音と視界を奪う。だが今回ははっきりと見える。あの影の正体はやはりウィルだった。
俺は心の底から安堵し、友を呼ぶ。
「おい、ウィル!探したぞ。お前、あんまり遠くまでいく……な……」
目の前の光景を目の当たりして言葉を失う。
「……この畜生がぁァッ!」
俺は我を忘れ怒りの矛先を向けた。それはあまりにも無惨な光景だった。友は腹を貫かれ足元には多量の血が、血の海と化していた。
致死量からもう助かることは無い……それに何より惨いと、友の最良の剣技を振るった左腕は、肩から丸ごとえぐり取られ、バリバリと音を立て何者かが喰らう。
友を殺し惨ったらしい死を送った彼奴こそ、俺が追い求める龍だ。
本来竜と称されるものは、前足が翼としての機能を有したものだが、稀に竜狩りをしていると奇妙な竜?に出会うことがあるという。
人々は相違点の無いその竜?を古文書や伝承から、古の龍、古龍と呼んだ。
その古龍は、竜とは構造が異なり前足は進化しておらず、四肢があり、背中から一対の翼を携える。おとぎ話で目にする龍の特徴をそのまま有している。
俺もあの時が目にするのは初めてだった。しかし、今でこそ冷静な事を言えるが、あの時の俺は考えなどしなかった…
怒りに我を忘れ、目の前の龍を葬る事だけを考えていた。
龍もこちらの殺気に気が付き、鋭利に尖った尻尾を薙ぎ払うように友の骸を投げ捨てた。
無謀にも勢いよく飛び上がった俺は龍の頭目掛けて剣を振り下ろす。
しかし、龍はその鋭利な尻尾を器用に使い攻撃を受け止めたのだ。
目の前にしてよくわかった。奴の尻尾は槍のように鋭く、他の竜には見られない様な金属質の硬度な作りになっている。竜の首を一振で落とすことも可能な、このミスリル製の長剣でも歯が立たない。むしろ火花をチラシ反発する。
そして軽く退けてしまう。後方へ飛ばされた俺は受身を取り、綺麗に着地する。
だが牙を向けた以上安心は出来なかった。今度は彼奴のターンと言わんばかりに、鋭利な尻尾を使った連続の刺突が繰り出される。
その発射速度は今まで受けてきた攻撃で何よりも早かった。目視で残像が見えるほど、その攻撃は早く、受け続けるのもやっとと言ったところだった。
このままでは友の後を追うことになる。今思えばそれも良かったのではないかと思うが、友の仇を打つことだけが俺の中に執着していた。
「ここだぁ!」
刺突が直撃する僅かな刻で剣の腹を使いいなす。龍の尻尾は地面に突き刺さり少しの猶予が生まれた。
この気を逃せば次はいつ攻撃の隙が生まれるかは分からない。ここぞとばかりに全神経を集中させ、溢れんばかりの怒りを…剣に纏わせ胴体に一撃放つが…!
「馬鹿な!?」
ミスリル製の刃は龍の肉体に通用するばかりか粉々に砕けてしまう。
まるで全身が鋼でできているかのように、その体は光沢を帯、気がつくと光沢は消え元の生身に返っていた。
察するにこいつは、鋼を瞬時に生成あるいは変化させ装甲のように纏う事ができるのだろう。尻尾の先端が鋭利な槍へと化していたのもそれが理由だろう。
今でこそこの様な結果を述べれるが、その瞬間は考えが及ばないほど混乱していた。
友の死、常軌を逸した力、獲物の破損。度重なる要因が思考を遮断した。それでも死という明確な答えだけは導き出せていた。
死に抗うように俺は友の残した剣を取り、龍の放つ槍剣尾から放たれる一撃を受け止める。生存本能が俺を生かしたのだろう。
だが、逢えなく槍剣尾の一撃は友の剣も砕き、一瞬判断が遅れた俺は、肋から右目に掛けて傷を追ってしまう。
「ぐわぁぁッ!」
後方へ飛ばされ転げ、地面から這い上がると残った左目の視線には雨に混じった血が流れ出るのが見えた。
息を荒らげ、傷をおった右瞼を抑え、縋るように握っていた折れた友の剣を龍に向ける。
その瞬間は死を覚悟した。ここまで手負いの状態では万一の生存などありえない。龍に食われるのが定めだと思った。
友の仇をうつはずが、龍の力の方が一枚も二枚も上手だった。脳裏にはウィルの言葉がよぎっていた。「…力を過信しすぎることは良くない…」嫌という程身にしみた。
俺は浮かれていたんだ。力を認められたとはいえ、それは生半可な力、友ひとり救うことの出来ない未熟な力。
嘆く以前に、友に顔向けなどできまいと、最後の力を振り絞り、窮鼠猫を噛むと言わんばかりに持てる力を全て費やしいかにあの龍に一泡吹かせるかそれだけを考えいた。
それがあの時俺にできる唯一の抗いだったのかもしれない。
「…来るならこい!覚悟はとうに出来ている。窮地に立たされようが、ぬけぬけとお前なんかを生かす訳には行かねぇーッ!」
読んでいただきありがとうございます。