ある日のニンジン物語
書籍1巻の特典SSとして執筆したものです
諸事情があり公開されなかったので、せっかくなので掲載します!
「レイシー、お前は本当にニンジンが好きだなあ」
「え?」
ウェインが呆れたように声を出した視線の先では、レイシーがぱちぱちと瞬いていた。
彼女のフォークの先には茹でたニンジンが突き刺さっており、足元では魔物達がお椀を揺らす勢いで薬草のサラダを食べている。
「どうかな? もしサラダに入っていたら最初に食べたいなと思うけど」
今日も今日とて、似合いすぎるエプロンを着たウェインはじっとレイシーを睨めつけた。
「それを好きだと人は言うんだ。……だいたい生でもぼりぼり食ってただろ」
「そっか。じゃあすごく好きだと思う」
「素直に認めるのはいいことだな」
腕を組んだままにウェインは頷く。ウェインはいつも細かくレイシーを褒めてしまうのだが、それはさておき。
(しかしこれは、大丈夫なのか……?)
魔術のために生き、衣食住の全てを投げ捨てて生きてきたレイシーだが、最近ちょっとはマシになってきたということは知っている……のだが。
(野菜以外に、肉もバランスよくだな……いや待て、いきなりそんな高度なことを伝えてレイシーに理解できるのか……!?)
念のため記載するが、レイシーは暁の魔女である。小柄な体で身の丈ほどの杖を持ち繰り出す大規模な魔術はまるで空が明けるようだ……との所以で名付けられた。
多種多様な魔術を誰よりも多く記憶し行使するが、今のウェインの目から見ると赤ちゃん以下である。だって、『やっぱり一週間くらい食べなくても人って生きていけるわよね』とかいきなり言い出しかねない。そんなもん言わせてたまるか。
「ウェイン、どうかしたの?」
「うーん……いやしかし」
「ねぇ本当にどうかした?」
「そうか、食の楽しみ……。それだ。とにかく旨いものを食わせる、これに尽きるな! 旅をしている最中、こいつの口にアホほど旨いものを入れてやるって誓ったしな!」
「きゅいきゅい」
「ぶも」
「とりあえずほっといてあげましょうか」
というわけで、「うおおおおお!」とウェインはニンジンをすりおろした。
卵と砂糖を泡だて器で混ぜ、「おりゃりゃりゃりゃ!」と小麦粉と膨らし粉、そして先程の材料全てを投入し、最後に型に入れて高温で焼いた。具体的にいうと庭に土を盛り、さらにその中をレイシーの魔術で燃やした。魔物達はおすわりしながら見守っていた。
レイシーはかまどに向かい、杖を両手で突き立てつつごうごうと炎を燃やしながら「まさかこんなことに魔術を使う日がくるなんて」と呟いていた。
「もっと熱く、いや熱くさせすぎだ!」
「む、難しいわ……」
と、いったような、丹念な指導の賜で出来上がったおやつを前にして、レイシーは大きな目をさらに大きくさせた。
「……すごく、おいしい!」
「どうだ、ニンジンケーキだ! 世の中にはまだまだ色んな旨い食い物があるからな、これでニンジンだけを食いたいなんて口が裂けても言えないな! ちょっと待て。俺は何をやっているんだ……?」
はたとウェインは気づいた。結局これもニンジンだったと。
魔物達はキュイキュイぶもぶも満足げに皿の中を空にしているが、そういう問題ではないと崩れ落ちるウェインを前にして、うーん、とレイシーは首を傾げた。
テーブルの皿の上には、オレンジ色のケーキが可愛らしく並んでいる。
「でも私、ウェインが作る料理は全部好きよ」
伝えられた言葉はあっけらかんとしていた。
ウェインは眉をひそめて、右に、左にと視線を移動させ、それから。
「……素直に認めるのはいいことだな」
もちろん出てきたのはただの照れ隠しだ。
「おいしいから、ウェインも一緒に食べましょう」
「ん、そうだな」
「……みんなに食べられる前に」
「ぶも」
「キュイ」
「おい、俺の分も残しとけよ……!?」




