後編
同じ制服の生徒達が校門をくぐっていく中
僕はいつも通り学校へと到着する
始業15分前
早くもなく遅くもないタイミングだ
その時、そんな僕の耳に「いつも通り」の会話が聞こえてきた
「アメリカ行ってもバスケやめんなよ!」
「ああ! もちろんだ! 次に会う時は・・・!」
「「世界の舞台で会おうぜ!!!」」
バスケ部員の熱い友情
他にも・・・
「先生! 俺どうしても先生が好きなんだ!」
「駄目よ・・・私、貴方より10歳も年上なのよ・・・」
「それでもいい! 俺が卒業したら結婚しよう!」
「ゆう君・・・!」
禁断の恋に落ちる生徒と教師
僕はそれらの会話を見事にスルーしながら下駄箱に向かい、上履きを履く
毎日思うが、この学校はどうかしている
「俺はまだ登り始めたばかりだ・・・! この校舎中央階段を!」
「いや、とっとと教室行け」
校舎3階まで階段を登り、廊下の端にある教室のドアをガラッと開け僕は教室の中に入る
1年A組、僕が一年間通う事になっている教室だ
「うーす」
「おはー」
クラスメイトと軽い挨拶をしながら僕は教室の端の席に座る
それと同時に僕の隣の席にめぐるが座る
そう、めぐるは同じクラス、そして隣の席だ。正直勘弁してほしい
コイツが隣に居るといつ「最終回」がやってくるか、授業中も気が気じゃないからだ
その時、ガラリと扉を開け担任の教師が教室に入ってきた
「お前らー、席につけー」
そして、いつも通りのホームルームが始まると思っていたのだが
「えーっと、今日は皆にお知らせする事がある」
どうやらそうではないらしい
ロクな事じゃない予感がするが、とりあえず警戒しておこう
「えー。実は今日で追儺が転校する事になった」
その言葉にザワつく教室
その中、めぐるは席から立ち教壇の前に立つとクラスの皆に向かって言った
「実は親の都合でアメリカに留学する事になりました。短い間でしたが皆と過ごした日々は忘れません」
そんなテンプレセリフにクラスの面々も「えー!?」とか「寂しいー!」と返す
僕はと言うと・・・「様子見」、無言でそんなめぐるを見ていた
「じゃあ、先生・・・」
「ああ、飛行機の時間か。じゃあ親御さんにもよろしく」
そしてクラスの面々に別れの挨拶をしながら教室を出ていくめぐる
その時・・・
「つむちゃん・・・」
最後、教室を出ていく寸前
めぐるがこっちを見て呟いた気がした
そしてホームルームが終わり、いつも通りの授業が始まろうとしていたその時
「おいつむぎ・・・! 追いかけなくていいのかよ!?」
クラスメイトの男が僕に向かって言う
なんとなーく流れは察している僕だが、ここはあえて関わらないスタンスで行こう
「ん? 何が?」
僕が平然と答えて見せると
「馬鹿野郎!」
その瞬間!
そう叫びながら、クラスメイトが僕に向かって殴りかかってきた!
スカッ
当然僕はそれを回避、殴られて悦ぶ趣味はない
ボクシングの最終回をやった事もある、スウェーはお手の物だ
渾身の一撃をかわされたクラスメイトは前に突っ伏し
ドガシャ! と派手に机をなぎ倒しながら地面に倒れる、が
「めぐるちゃんの事に決まってんだろ!」
まるで何事もなかったかの様に会話を進める
メンタル強いな、えっと・・・誰だっけコイツ
「分かんないのかよ!? めぐるちゃんの気持ちが・・・!? きっとお前に追いかけてきて欲しいって思ってるってよ!」
「いやまあ分かるけど、めんどくさいし」
「今から追いかければ追いつけるはずだ! 自分の気持ちに嘘つくなよ!」
なんてこった、会話が成り立たない
典型的な「最終回」だ
こうなってしまっては仕方ない
今この瞬間、僕はこの最終回の「主役」に抜擢されたのだ
・・・強制的に
「はぁー・・・。まあアイツには伝えておきたい事もあるし。じゃあちょっと行ってくるか・・・」
僕は諦めてめぐるを追いかける事にする
まあ空港に行くだけだし、難易度的には楽な「最終回」だ
そして観念した様に僕が席を立った、その瞬間
「待てェィッ! 1時間目は英語! 授業が終わるまで、何人たりともこの教室からは逃がさんぞッ!」
ワイシャツ姿の教師がバク転しながら教室に現れた
それに対しクラスメイトが大声で叫ぶ
「や、奴は! 英語の山本!」
知ってる
「ククク・・・! 山本先生だけではないぞ・・・!」
「なっ!? 貴様らは! 数学の板橋! 古文の斎藤! 体育の内藤!」
うん、みんな知ってる
2時間目が数学で3時間目が古文、4時間目が体育だからな
というか、先生相手にキサマとか言うと内申に響くぞ
「我々が来た以上、貴様らは昼休みまでこの教室からは出られないと思え!」
トイレに行くのも禁止なの?
ていうか自分の授業の時間までずっとここに居る気か?
あと体育するなら外に出なきゃ駄目だろ
「いや、まあいいや・・・。じゃあ大人しく授業受けるって事で」
そして僕は諦めて席に座ろうとするのだが
「つむぎ!!! コイツらは俺達に任せて先に行けェッ!!!」
「き、貴様ら!!!」
うん、そういう訳にもいかない様だ
僕の意思を無視し、すでにクラスメイト達と先生方のバトルが始まっている
「こんな事をして! 停学になりたいのか!?」
「停学が怖くて! 仲間が守れるかよぉッ!!!」
普通退学でしょ?
いや、もうこれ以上関わり合いになるのは止めよう
深く考えるだけ無駄だ
「あー、はいはいすみません。とおりまーす」
そして僕は乱闘騒ぎの間をすり抜けて教室を出て、靴を履きかえ校舎の外へ出る
そのまま校門をくぐろうとした、その時!
ギキィィィィィッ!!!
まるで峠を攻める走り屋の様に車がドリフトして僕の前に走りこんできた
そして僕を迎え入れるようにドアが開き、運転手のおっちゃんがニヤリと笑みを浮かべる
「こんな事もあろうかと呼んでおいた!!! ソイツに乗って行けェッ!!!」
3階の教室から叫び声をあげるクラスメイトの・・・えっと・・・
・・・クラスメイトの声を聞きながら僕はタクシーに乗り込む
「急ぐんだろ? 任せな、絶対に間に合わせてやるよ」
そう言っておっちゃんはエンジンを吹かす
「しっかり掴まってな。飛ばすぜ!?」
「安全運転でお願いします」
そして、僕は法定速度で爆走するタクシーに乗り空港へと向かっていたのだが
ブー!ブッブー!
周り中からけたたましく鳴り響くクラクションの音
だが周囲の車はほんの少しも前に進んでいない
そう、いわゆる大渋滞だ
「普通渋滞だからってクラクション鳴らす奴はいないが・・・」
そんな事を考えながら、僕は全く動かない車の列を眺める
「くっ! この渋滞じゃ俺のドラテクも通用しねえ!」
おっちゃんのドラテクはともかく、この渋滞ではどうしようもないのは確かだ
まあ仕方ない、今回はこれで諦めて家に
キキィッー!!!
と考えた瞬間だった、タクシーの隣にバイクが急ブレーキで止まったのは
そしてバイクを運転していた男が僕に向かってサムズアップをする
ああ、うん。了解了解
僕は大人しくタクシーを降りる
バイクに乗っていたのは教室で別れたはずのクラスメイトだった
そしてクラスメイトは自分の被っていたフルフェイスのヘルメットを僕に渡して言った
「コイツを使え! 絶対間に合わせろよ!」
「はあ」
僕は大人しくメットを被ると、バイクにまたがる
「コイツは一見リッターバイク、大型のモンスターマシンに見えるが、中身はただの原付だ!」
「高一の僕でも運転できるって事だな」
そして僕はリッター級原付モンスターのエンジンをかけると
「じゃあ、タクシーの払いはよろしく」
「えっ!?」
渋滞の間を抜けて空港に向かって走り出した
いつも不思議に思うんだが、渋滞の先頭ってどうなってるの?
そんな疑問を抱きつつ、僕は空港へと向かう一本道を一人走る
すでに渋滞は消え、並走する車も存在しない。本当に謎だ
だが、そんな僕を追って一台の車が走ってきた
「木匠ゥッ!!! 教室に戻って英語の授業を受けろォッ!!!」
英語の山本先生? 1時間目は終わったはずでは?
と言うより、僕を追ってここに来てたら先生がサボリなのでは?
もう空港は目視で確認できる距離、ここが最後の見せ場と言った所だろうか
正直、別にめぐるを追いかけなくてもいいような気はするのだが
ここまで来て連れ戻されるのもなんだかなと言った感じだ
そんな僕の考えに呼応したのか、一台のバイクが現れる
「つむぎ! ここは俺に任せろ!」
「えっとクラスメイトの・・・田中?」
「中田だ! うおおおおおっ!!!」
そう言って中田は山本先生の車に突っ込んでいく
「ま、まさかァッ!」
「そのまさかよォッ!!!」
中田のバイクが山本先生に激突し、その瞬間
ドォォォォォンッ!!!
何故か爆発した
危険なので絶対に真似しないでね
「な、中田ァー!!!」
僕の声ではない、他のクラスメイトの声だ
いつの間にか僕を追って、クラスメイトの大半が駆けつけてくれていたのだ。・・・なんで?
そしてまあ、そこからは酷かった
「国木田ァー!!!」
「大木ィー!!!」
次々と爆発し散っていくクラスメイト達
あれだ、最終回特有の登場人物が全員死んでいくあれだろう。トミノ的な
まあそのおかげで、僕はスムーズに空港へと向かう事が出来たのだった
そしてクラスメイト達の屍を踏み越え空港へとたどり着いた僕は
めぐるの居るであろう出国ゲートへと向かう
「つむ・・・ちゃん・・・!?」
出国ゲートをくぐる手前の場所に、めぐるは居た
まさにジャストタイミング
まるでその場所で僕が来るのを1時間くらい待っていたかの様だ
「追いかけてきてくれたんだ・・・」
「ん? まあ。めぐるに言っておきたい事もあったからな」
「えっ・・・!?(トゥンク)」
僕の言葉にドキリと顔を赤らめるめぐる
「聞かせて・・・つむちゃんの・・・言いたい事」
「ああ。実はな・・・」
そんなめぐるに僕は至って冷静に、簡潔に言った
「お土産はマカダミアナッツで頼む」
「えっ・・・?」
その言葉にシーンと静まりかえる空港内、そして
「つ、つむちゃんの馬鹿ーーー! ハワイはアメリカじゃないんだよーーー!!!」
そう叫びながら、めぐるは走り去って行った
「いや、ハワイはアメリカのハワイ州だから。立派なアメリカの一部だ」
僕は一人そう呟くと
「じゃ、帰るか」
そう言って帰路へと就くのだった
めぐるが居なくなった翌日
ホームルームの時間
「それじゃあ今日は皆に転校生を紹介するー」
そして教室のドアがガラリと開くと見慣れた顔が入ってくる
「転校生の追儺 めぐるでーす! みんなよろしくおねがいしまーす!」
うん、知ってた
その時の僕の表情を見たならば、鬼ですら恐怖で逃げ出していただろう
確実に2、3人は殺ってる、絶対零度から更にマイナスに振り切ってる
そんな冷たい顔をしていたに違いない
簡潔に言うと、マジキレそう
ウキウキ気分と言った感じで僕の隣に座るめぐるに
僕は部屋に入り込んできた害虫を見るかのような視線を投げかける
だがそんな僕の視線に全く気付いていないかのように、めぐるは鞄の中を漁り始める。そして
「はい! お土産のマカダミアナッツ!」
「お、悪いな。日帰りどころか、着いて即Uターンだったろうに」
「えへへ、気にしなくていいよ。マカダミアナッツって何処のお土産コーナーにも置いてあるよね」
そしてホームルーム中にも関わらず、チョコの箱を開けようとするめぐる。その時
「それから怪我で入院していた中田、国木田、大木も今日から復帰するぞー」
「お前ら生きとったんかぁーーーっ!?」
それも知ってた、まあそっちは興味ないが
だが僕がそんなクラスメイト達の叫び声に一瞬気をとられていた、その隙に
「はい、つむちゃん。あーん・・・」
めぐるがマカダミアナッツを手に持って僕に食べさせようとしてきていた
しかも箱の方は僕の手の届かない場所に遠ざけてある用意周到ぶり
(コイツ・・・!)
僕は少し
いや、かなりイラッとしながらも
(チョコの誘惑には勝てん)
そう諦めると
めぐるの指ごと、パクリとチョコを口に入れる
「~~~!!!!!」
突然僕に指を咥えられ赤面するめぐるの顔を見ながら、僕は
(「最終回」は当分先だな)
と思うのだった