[7] 被害者?
瑠璃の制服をほとんど剥ぎ取った九来は、その白い肌を舐めるように見つめていた。
静波の体も見たことはなかった。勿論、玉を抱く者の体を見る必要も感じた事はなかった。
だが、瑠璃の体は見たいと思った……生きている瑠璃の体が見たかった……九来にも、自分のしている事が信じられなかった。
ベットの横に座り、瑠璃の体を今一度抱きしめてみる。温かく、初夏の気温に汗で湿った肌は、瑠璃の体臭を漂わせている。
瑠璃の匂いに、九来は己を忘れてしまいそうだった……このまま、ここで自分のものにしてしまいたい感情が沸き起こる。
瑠璃玉の事を忘れるなど、あってはならないことなのに……あれほど愛した、静波の願い……瑠璃玉を喰らい続ける事でしか、闇を閉じ込めておけないのに……九来の心の中が、壊れそうになっていた。
『私は、これほど脆い心を持っているのか……そんなはずはない……』
その時、保健室のドアを開けて、誰かが入ってきた。
「失礼しマース……」
保健室のドアを開けると、机の上に頭を乗せて眠っている保険医が、清の目に映った。
「うそ……寝てて良いのかよ……」
ブツブツ言いながら、清は瑠璃の寝ているベットのカーテンをそっと開けた。
そこには信じられない光景があった。清は自分の身体も頭にも、カッと血が上るのを感じた。許せないっそれしかなかった。
瑠璃の露わになった肌の上に、九来の手が這っている。九来は清を見て、にやりと笑った。
「お前っなんて事してるっ!! 瑠璃から離れろっ」
清は九来の腕をつかむと、自分の方へと引っ張った。その勢いを借りて、九来はそのままベットの脇をすり抜けると、カーテンをめくった。
「お前のために、用意してやった……楽しむといい……」
「なっ!!」
清は去っていく九来と、ベットに横たわる裸の瑠璃を交互に見た。慌てて瑠璃に近づき、制服を着せようとしたが、瑠璃の制服は真ん中から無残に切り裂かれていた。
仕方なく上掛けを掛けようとしたが、どうしても瑠璃の身体から目が離せなくなっていた。
白くて美しい滑らかそうな肌は、女性らしい膨らみを持って迫ってくるようだった。
清の心臓は、今、爆発してしまいそうなほど荒れ狂っている。目の前がクラクラして何も考えられない……ただ、目の前の瑠璃の肌に触れることしか、清の頭には無かった。
そっと触れたつもりだった……胸の膨らみに手を伸ばし、優しく触れたつもりだった。でも、それは清の思っているほど優しい動きではなくなっていた。
九来が触れていたその場所を、自分が消してしまいたいと思う気持ちの強さは、触れる強さをも加減できないほどに、頭の中を侵していた。
「くそっ……なんでっ瑠璃……」
清の言葉か、痛みに反応したのか、瑠璃が目を開けた。
その瞳が自分の身体を見つめ、清の手を見つめる。驚愕に大きく見開いた目は、悲しみとともに涙を流し始めた。
「やっ!!! 清っ何でっ何でこんな事するのっ!! 信じてたのにっ」
瑠璃は身をよじって、清の手を逃れた。
その時、シャッとカーテンを開ける音が聞こえた。
「あなた達っ何をやっているんですかっ」
怒気を含んだ保険医の声が響いた。
保健室のドアの横で、九来が眉を片方上げた。
「もう二度と……お前に瑠璃を触れさせない……」
保険医に見つかった後、直ぐに瑠璃に学校のストックの制服を着せ、二人を伴って教員室に行った。
校長と教頭に話を通すと、瑠璃は校長室へ、清は生徒指導室へと連れて行かれた。別々に話を聞こうということらしい。
瑠璃は、ほとんど放心状態だった。あの、いつも優しかった清が、自分の制服を切り裂き、体を弄っていたのかと思うと、嫌悪感で体が振るえた。
目覚めて、清と目が合った時の、あの瞳……熱に浮かされたような、獰猛さを持った瞳が、瑠璃にはとても恐ろしかった。
あんな風になるまで、自分は清を追い込んでいたのだろうか……今までの通り、幼馴染でいたいと願った事は、清を追い込む事になったのだろうか……
恐ろしさと、嫌悪感と、後悔と、色々なものが入り混じって、瑠璃は泣き始めていた。堪えようと思っても、嗚咽と共に涙は零れていった。
「佐々木さん……」
瑠璃は、付き添ってくれている保険医に呼ばれて、泣き顔を上げた。
「……」
「佐々木さん……今、とても辛いとは思うけれど、一つだけ聞いていいかしら……大事な事だから……」
「は、い……」
保険医は、瑠璃の手を握って、優しくしかも小さな声で聞いた。
「今回の事は、合意の上ではない? あなたは彼と……仲が良かったようだから……」
「そんなはずないっ!……あんな事っ」
瑠璃の見開かれた目を見ながら、保険医は申し訳なさそうに眉を寄せた。
「そうよね……本当にごめんなさい……女性にとってはとても辛い事なのに……そういう事なら、あなたは被害者と言う事になるわ……」
その言葉を聞いた瞬間に、瑠璃は、清が加害者になるのだと悟った。なんでこんな事になったのだろう……何が清にあんな事をさせたのだろう……自分には全く落ち度はなく、ただの被害者なのだろうか……訳の分からない不安が、瑠璃の喉元に競りあがってくる。
色々の事を聞かれたが、瑠璃には答えるものはあまりなかった。頭が痛くて、保健室で寝ていた、目が覚めたら、あの状況だったのだ……他に何も言う事は思いつかない。
呆然と時間だけが過ぎていくのを感じていた。
その時、校長室のドアが開き、父親が入ってきた。
「瑠璃っ、大丈夫か……こんな……さっ帰ろう、先生方とも話しは済んでる。一緒に帰ろうな」
父親は、優しく瑠璃を抱えるようにしながら、教師達に挨拶をして校長室を後にした。
瑠璃は、父親に促されるままに車に乗り、帰路についた。家の前まで着くと、清の家が目に入る。二階の清の兄の部屋だけに電気がついているが、他は真っ暗だった。
まだ帰っていないのだろう、色々と聞かれ、責められているのだろうか……瑠璃は、あんな事をされても、やはり、いつも優しかった幼馴染みの清の事が心配だった。
たとえ、許す事はできなかったとしても……
「瑠璃、中に入ろう……」
そう言われて、初めて自宅を見た瑠璃は、違和感を覚えた。清の家と同じ様に、電気が消えている。母親がいるはずなのに……。
鍵をあける父親に、瑠璃は声を掛ける。
「パパ……ママは? どこかに出かけたの?」
父親は首を傾げながら、いいやと言った。
「出かけるなんて聞いてない。担任の先生が家に連絡してくれたらしいんだが、ママが留守だったみたいで、パパの仕事場に電話が掛かってきたんだ。おかしいな……」
瑠璃は、今日は何だか落ち着かないと、心の中で思った。