[6] 生まれ変わり
さっきから、横にいる瑠璃と清の声が聞こえていた。九来の表情が険しくなる。
何だか、聞きたくもない事を聞かされた気がする。瑠璃の周りから、全てのものを奪ってやるつもりなのに、清がいてはうまく運ばない。
もっと、効率の良い方法を考えようと思う九来だった。
「先生っ、横の連中がうるさくて眠れないので、今日は帰ります。担任の先生にそう言っておいてください」
瑠璃は、横のベットから聞こえた低い声に、跳ね上がるほど驚いていた。清も、膝の上で拳を握った。
「あら、水崎くん、大丈夫? まだ顔色が悪いわよ……」
「大丈夫ですよ……僕、先生の綺麗な顔見たら……元気になれるみたいだ……」
「まっ水崎くんは、大人をからかうのが上手なのね。その位、元気なら一人で大丈夫ね、担任の先生には言っておくわ。気をつけて……」
瑠璃は、九来の声を聞きながら、カーテン越しに舐められるように見つめられている気がした。
その後、保健室のドアが閉まる音が聞こえた。
「あいつ、横のベットで寝てたんだ……よかった……出て行ってくれて。もう少しで、瑠璃をあいつの隣に一人で寝かせるトコだった……」
清の肩が震えていた。さっき見た口づけは、清には衝撃的だった。瑠璃も確かに感じていたと、清にも分かる……さっきの瑠璃の表情と吐息を思い出しただけで、清の体も熱くなってくる。
でも、きっと瑠璃は水崎が好きになのだと、清は思った。
だから、あれほど瞬時に感じ、反応したのだと……だが、それを認めたくない自分がいるのも確かだった。
「もう大丈夫だよ、清……心配させてごめんね……私、少し寝るね」
頭が痛いのを我慢して、清を安心させるために、瑠璃は微笑んだ。
「ああ、もう授業始まるし、俺いくわ……」
「うん……」
「また、後で様子見に来るから」
清を見送った後、瑠璃は目を閉じた。
今まで清が座っていた椅子に、いつの間にか九来が腰掛けていたが、瑠璃は気付くこともなく眠っていた。
瑠璃の寝顔を見つめながら、九来は遠い昔の事を思い出していた。
静波が、水晶の巫女となる日の前夜、まだ静波が13歳、九来は16になったばかり……静波はこれからの一生を、水神の洞窟で暮らさねばならないことを悲観していた。
もう二度と、普通の女には戻れない暮らし、水晶を守って暮らす日々……
「クライっ離れたくないっ……ずっと一緒だって言ったのに……どうして私じゃなきゃダメなの……どうして」
クライが静波の肩を抱きしめた。
「お前が、瑠璃玉を持って生まれたから……昔からそう決まっている……でも、僕も放したくなんかないっ……ずっと一緒にいたい……だから、祠番になる……今の番人は年寄りだから、きっと跡継ぎがいる……僕が祠番になって、静波の傍にいるから……ずっと一緒だ……」
静波が、クライの肩に顔を押しつけて泣いている。
「ずっと、一緒にいて……傍にいて……放さないで……」
「絶対に放さない……」
二人は、どちらからともなく唇を合わせた。熱くたぎるような口づけは、終わる事のないような気がした……
でも、二人は知っていた……巫女となる者は、それ以上を望んではならない事を……巫女は清らかでなくてはならないことを……。
クライは、震えながら静波を放した。
「傍にいるだけでいい……そう思っていた……いつか、それだけで済まなくなる等、その時には思いもしなかった……」
さっきの瑠璃と清の会話が、思い出される。
「あいつも、自分の考えの甘さを知るときが来るだろう……」
九来は、何とも言えない表情を浮かべた。
「しずなみ……」
そう呟いてから、九来は思う。
目の前にいる瑠璃が、静波の生まれ変わりなどでは有り得ないことは、自分が一番よく分かっていることなのに……目の前の女の容貌が、あまりに静波に似ているから、己のしてしまった事実を忘れそうになる。
静波を転生させないために、その血の一滴までも魂と共に喰らったことを。
静波が生まれ変わり、自分以外の男を愛することが許せなかった……静波は自分だけのものだと、誰にも渡しはしないと……憎しみと愛しさの中で、全てを喰らった。
九来の瞳に涙が溢れる……
「愛している……何千年の時を過ごしても……戻っては来ないお前を待っている……お前は、私の中で、愚か者だと笑っているのか……」
九来は、瑠璃の頬にそっと触れた。瑠璃の体温が、九来の冷たい手を温めてくれるようだった。
九来が、瑠璃に口づけようと顔を近づけた時、瑠璃の瞳がいきなり開いた。
その瞳は紅く虚ろだ。身体が宙に浮いていく……九来の目の高さまで来ると、ピタリと止まり、首だけが横を向いて九来を見つめた。
その瞳は、まだ真っ赤だった。
「おいっ……る、り……」
『クライ……やっと、その時が来たのですね……千年のときを待っていました』
九来は目を細めて瑠璃を見つめた。
「お前は誰だ……」
『忘れたのですか……千年前の玉を抱く者、海月……私のことなど憶えてもいない……お前のために生まれ、お前だけの為に生きてきた女達を、クライ、お前は憶えてもいない……お前の中にいるのは、静波だけ……愛しているのは、静波だけ……』
九来の身体が怒りに震えた。
「お前に、私の中など分かるわけもないっ海月と言ったなっ、千年前の玉を抱く者が今更何の用だっ」
九来は、本当は海月の事をよく憶えていた。静波がいた祠を守る水神の巫女で、霊力がかなり高かった為、静波のこともクライ自身のことも、知ることが可能だった女だ。
酷くクライに固執するのは、他の女達と同じだったが、一人だけ静波と同じ様に喰らい尽くしてくれと望んできたが、クライには全くその気はなかった。
瑠璃玉だけが、クライの関心事だったのだから。
『今更とはな……しかし、間違いなく、私はこの娘に生まれ変わった。静波の生まれ変わりと思ったか……それは無理な話であろうな……お前が全て喰らい尽くしてしまったのだから……私は残された……だから、お前を滅ぼす為に生まれ変わった……この娘から、瑠璃玉は受け取らせない……お前は闇に呑み込まれ、世に闇を解き放つ者となろう……静波に瓜二つの私の生まれ変わりに滅ぼされるがいい……』
瑠璃の身体がベットの上にゆっくりと降りてきた。
九来は、呆然としながら瑠璃を見つめ続ける。
「海月……生まれ変わり……」
だから、瑠璃には玉の記憶がないのかと九来は納得していた。海月は、瑠璃玉を九来に渡したとき、玉の記憶も一緒に渡したと九来に告げた。
もう簡単に瑠璃玉が手に入るなど、思わないことだと……捨てぜりふを吐いた。その時の九来は気にもとめていなかった事だが、霊力の強い海月は、何らかの方法で玉の持つ力を封じたのだ。
クライの為にだけ生まれ存在する、その記憶を消し去った。
だから、瑠璃は自分を求めてはいなかったし、大切なものをたくさん持っている。
両親、幼馴染み、友人……思い出……。
今までの玉を抱く者が持ち得なかったものを、瑠璃だけは持っている。
それを奪いたい……自分だけを欲するようにしたい……長い年月、何千年もの間、自分のみに身を捧げる女しか見てこなかった九来にとって、海月の生まれ変わりなのだと分かったとしても、瑠璃を自分のものにしたいと思う気持ちに変わりはなった。
ただ、それが瑠璃玉のためなのか……それとも、違う何かの為なのか……九来自身にも分からない事だった。
瑠璃を見ていると、心がざわつく……静波の寝顔が……九来を責めているかのようだった。
「九、来……」
瑠璃の声に、はっと現実に引き戻されるかのように、その顔を覗き込んだ。
起きたのかと思ったが、瑠璃はまだ眠っているようだった。
その顔に苦痛を浮かべ、自分の名を呼ぶ女……荒くなってくる息が、九来を引き寄せる……少しだけ開いた唇は、かすれた声を小さく上げていた。
「九来……や、めて……もっ……九、来……」
自分の名を呼びながらも、苦しそうに喘ぐ姿は、自分を欲しているようであり、そうでないようでもある……。
九来は、そっと瑠璃の胸の中央に手を伸ばし触れた。そこにあるはずの瑠璃玉を探るように、自分を欲しているのだとの証を見つけ出そうとするように……。
ボタンを外し、ブラを引き裂き、その胸に口づける……滑らかな肌は、その上に置いた九来の手にしっくりと馴染んだ……九来は、その手を下に滑らせ脇腹から腰を抱いた。
頭を腹の上に乗せ、瑠璃の体を包み込むように抱きしめた……九来は、瑠璃の中の血液の流れ、内蔵の動き、呼吸、全てを感じていた。
今までに、玉を抱く者にこんな事をした事はなかった……ただ、体を重ね、その瞬間に瑠璃玉を喰らった……ただ、それだけ……それが終われば興味はなかった。
また、長い千年のときを待つだけ……これが、九来が生きてきた時……
今、九来は瑠璃の中に生命を感じていた……確かに生きているのだと、訴える動きを感じ取っていた。
きっと、命はここから始まるのだと……強く意識した。
「瑠璃……お前が、欲しい……だから、私のところに縋りついてこい……お前から……」