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クライ  作者: 海来
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[4] 玉の記憶

 瑠璃の家の前に、九来は瑠璃をその腕に抱いて立っている。玄関のドアは音もなく開き、九来はそのまま玄関に入った。

「ごめんくださいっ誰かいらっしゃいませんか」

 九来の呼び声に、瑠璃の母親が走り出てきた。

「まっ瑠璃っ……どうしましょうっ、あの……」

 九来は優しい笑みを母親に向けた。

「同じ高校の水崎と申します。瑠璃さんが体調を崩されて、一緒に帰って来ていたのですが、ついさっき気を失われてしまって」

 母親は、慌てて頭を下げながら、娘を下ろしてくれるようにいった。

「此処は床ですし、お母様では運ぶのは無理ではないですか? よろしければ、瑠璃さんのお部屋まで運びます」

 母親は、恐縮しながらも自分では無理だと判断して、九来に部屋まで運んでもらうことにした。

「水崎くん、よかったらお茶でもいかがかしら……重かったでしょう、御免なさいね助かったわ。瑠璃にはよく言っておきます。どうぞこちらへ」

 母親は、礼のつもりで九来をリビングに通し、キッチンでアイスコーヒーを入れて戻ってきた。

「こんなものしかなくて……コーヒーでも大丈夫かしら?」

「ええ、何でも。お母様が入れてくださったものなら……」

 そう言って微笑む九来の瞳が銀色に光った。

 その瞬間、瑠璃の母親の体から力が抜けたようにだらりとなる。


『お前は、全てを忘れてこの家を数日中に去れ……お前に愛する者も、大切な者もありはしない……ああっそれから、書き置きをしていって貰おうか……家を出るっとな、もう帰る気はないと書いて行け……』


 低い声で九来は母親に告げた。告げられ母親は紙とペンを持ち、手紙を書き始めた。その姿を見届けて、九来は玄関に向かって歩き始めていた。


『家の金も持って逃げろ……家族を、娘を……裏切ってな……』


 いま出てきたリビングのドアを、九来は笑いながら見つめていた。

「瑠璃……いや……静波……お前の大切な者など……すべて奪ってやる……」

 そう言った九来の姿は、もうどこにも無かった。

 母親は、リビングの物入れに、書いた手紙を隠し、銀行の通帳や印鑑を自分の鞄に入れ始めた。





 瑠璃は、また夢を見ている……額には玉の汗が滲んでいた。


『クライ……私を喰らいなさい……あなたの中に私を取り込んで……生きて……生きて闇を封じて……千年の後に、また玉を抱く者が現れる……瑠璃玉を喰らって生き続けて……』


 漆黒の竜は、静波の体を喰らっている。銀の瞳に涙を流しながら、愛した静波を喰らい尽くそうとしていた。

 静波の意識が残っているとも知らずに……今、静波の体にいる瑠璃には、その痛みが恐ろしいほどに伝わってくる。

 この耐えがたい痛みを、静波はどうやって乗り越えたのだろう……既に声を出すこともできなくなっていた、体を動かすこともできない……それでも、静波の意識は、はっきりと痛みを感じていた…… でも、その痛みは体をほふられるためのものではなく……悲しみと切なさと後悔からの痛み……心の痛み……今、瑠璃は静波と同じものを感じていた。


『なぜ……この身に闇を封じた……静波……それが、お前を愛し滅ぼした私への報いなのか……静波……この世にお前の欠片も残したりしない。全てを消し去ってやるっ』


 体を震わせながら床に流れる、静波の血の一滴までも舐め取っていく漆黒の竜クライ……どれほど強く静波を愛していたのか……いまその想いは、怒りへと変わっていた。

 自分を、闇を閉じこめる器として残していった静波に対して、愛と怒りが入り交じった感情が溢れる。


『千年の後……お前は私の所に戻ってくるのかっ……』


 全てを喰らい尽くした漆黒の竜の姿が、クライに戻っていく。

 クライは、裸の自分の体を震えながら抱きしめていた……


「静波……」

 クライの意識が遠のいていく……


 瑠璃は、ほの暗い中にいる、ふわふわと浮いている様な心許無い感覚。自分の手を見ようとしても何も見えなければ、存在している実感もない。

 ここが何処なのか……先に見える瑠璃色の光に意識を集中する。

 見えるのは、静波が自らの胸を切り裂いて取り出した瑠璃玉。淡く輝く玉の後ろには、漆黒の闇が存在する。闇は瑠璃玉の力が衰えるのを狙っているかのように蠢いていた。

 玉の輝きは淡い……そして、それは何かを囁いている。


『置いていかないで……クライ』

『あなたのだけの為に生まれたのに……おいていかないで』

『クライ……愛しているの……クライ連れて行って』

『クライ……クライ、待っていたの……ずっと』


 瑠璃玉が囁く言葉は、全てクライに対する恋慕……満たされる事のなかった想い。捨てられると分かっていながら、全てを与えてしまった想い。募る募る……悲しい想い……。


『玉の記憶を消してやる……この海月みつきの想い、届かぬなら……クライ、お前もろとも滅ぼして……この世は闇となるがいい……』


 瑠璃にはハッキリと聞こえた。クライに対する恋慕の中の、酷く強烈な愛情と憎しみ。

 海月……彼女も玉を抱く者だったのだろうか……瑠璃は、海月の中にも確かに存在するクライへの愛を感じていた。

 同時に、海月の言葉に、漆黒の闇が震えるのを感じた。

 瑠璃には、ここが何処なのか分かった。


『クライの中……』


 玉を抱く者は、生まれた時からクライを愛しているのだ……クライの為だけに存在する。瑠璃玉をクライに与え、闇を閉じ込めておくためだけに、千年に一度、この世に生まれる。

 それぞれの時代、それぞれの女が、クライに全てを与えた。

 身も心も……


『それは、静波の願い? 全てをクライにと……それは……本当の静波の願いなの……』


 






「ぐぅっ……」

 九来は、洞窟の中で自分の胸を押さえて横になった。

 誰かが、自分の中を覗いていると感じる。

「こんな事ができる奴は誰だ……勝手に覗くな……」

 九来は、自らの胸に長い爪を付きたて抉った。

「グハッ……勝手な事はさせんっ」







 瑠璃は、いきなり自分の体が引き裂かれるような痛みを感じた。実際には体があるわけではないだろうに、強烈な痛みが襲う。


『くっ……』


 瑠璃は夢の中、いや、クライの中から飛び出した。

 汗をぐっしょり掻いて、瑠璃はベットの上に起き上がった。頭がグラグラする。頭痛は今迄で一番激しくなっていた。


 ぐったりとベットに座り込みながら、瑠璃は考えていた。

 自分が玉の記憶を持っていない理由……海月と言う名の女性の声。

 いく人もの女性の声が聞こえたという事は、九来はいったいどれ程の時を生きているのか。

 闇を封じ込めた九来の体は、漆黒の竜に変わる事は無いのだろうか。

 自分が、瑠璃玉を渡さなければ……闇は解き放たれるのか……

 その時、九来はどうなうのだろう……

 九来の体が闇に飲まれ、漆黒の竜に変わる姿が甦る。

 恐ろしい……瑠璃は、いま、自分が何を恐れているのか、全く分からないまま、ただ恐ろしくて目を閉じた。

 その瞼の裏に、艶やかな黒髪と黒い瞳の九来が浮かぶ……その瞳は瑠璃をじっと見つめている……。

「九来……」

 瑠璃は、自らの体を抱きこんだ。

 夢の中で感じたのは、静波のクライに対する愛情……瑠璃玉の記憶が持つ愛情……けっして瑠璃自身のものでは無いのだと、瑠璃は必死で自分に言い聞かせていた。









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