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クライ  作者: 海来
29/30

[29] 離れていた時間

 こんな冷たい瞳をした九来を待っていたのではない。どれほど待ち焦がれたか、どれほど泣いたか……夢にうなされ、冷や汗をかいたか……。

 こんな的外れな怒りを受けるのは間違っている。

 そんな思いの中、清の腕の中から見上げた九来の瞳が、ぐっと細められ、怒りをあらわにしていくのが分かる。

「瑠璃っこっちに来るんだ……」

 九来の低い声は、命令するように瑠璃に届いた。瑠璃は、その声に反発するようにキッと九来を睨んだ。

「命令しないでっ。自分は勝手にどこかに行っちゃったくせにっなに勝手なこと言ってんのよっバカじゃないのっ大っ嫌いっ」

 叫んだ瑠璃の瞳から、涙が溢れ出した。

「瑠璃……それで、清を選ぶのか……たった三ヶ月……離れていただけなのに……」

 瑠璃は、その言葉に涙が溢れる目を見開いた。何を言っているのだと、たった三ヶ月……自分がこれ程までに悩み待ち焦がれて過ごした時間を、この人は、たった三ヶ月と言ってしまうのか……瑠璃の心は虚しさで一杯になった。

「それが、九来、あなたの本心……たった三ヶ月……いえ、私にとっては、もの凄く長い三ヶ月だったっ! 心が壊れてしまいそうなほど、長い時間だった……」

 九来は苦しげに小さく首を振る。

「僕は……長い時を待ち続けて、お前と巡り会った……その手を放さなくて済むように、頑張ったのに……ほんの一瞬で……お前は、この手をすり抜けるのか……」

 九来は、瑠璃と清に背を向けて肩を振るわせ始めた。清が、その姿を見て、瑠璃の背中を押すとそのまま立ち上がらせた。

「瑠璃……九来が何千年も生きてるって、お前忘れてるだろう……こいつにとって、三ヶ月は一瞬なんだよ、きっと……九来が頑張ったことでも、ゆっくり聞いてやれっ」

 瑠璃は、はっと息を呑んだ。忘れていた、九来の過ごした一人きりの長い年月。何を待っているのかも、自分が何なのかも分からず、ただひたすら過ごしてきた日々。

「九来……」

 清が、もう一度、瑠璃の背中をポンと押した。

「しっかり聞いて、納得できないなら……いつでも、この腕の中に戻って来いっ待っててやるからさ……」

 瑠璃は、思いっきり横に首を振った。その顔は微笑んでいる。

「その必要はない……清の腕の中は、私の物じゃないよ……きっと、別の素敵な女の子の物だよ……ありがとう、清」

 瑠璃は、清から離れて九来の背中をそっと抱きしめた。

「お帰りなさい……ずっと待ってた……待ちすぎて胸が苦しくて、死んじゃうかもって思ってた……愛してる、九来……」

 九来の震えが大きくなった。体中を震わせて九来は泣いているのだと瑠璃には分かった。

「泣かないで九来……私は九来だけのものだよ……」

 九来は、瑠璃の腕を引っ張ると自分の胸に抱え込んだ。急に引かれて、瑠璃の身体は倒れそうになったが、それを九来がしっかりと受け止めていた。

 大切なものを抱え込むように、優しく、そして力強く。

「瑠璃……ごめん、お前の気持ちを考えなくて……清に抱かれている姿を見て、怒りで何も考えられなくなった……もう少しで、清を……」

 それを聞いて、清が立ち上がった。

「やめろよっ、殺されてたかもっ思っちまうっ」

「清、悪いが……殺しそうだった……」

「殺されるよりも先に、消えますよっ」

 しっかりと抱き合う二人の耳に、清の松葉杖の音が聞こえた。いつでも清は瑠璃を守ってくれる、そして理解してくれる、一番大切な友人だった。

 瑠璃も、そして九来も、心の中で清に頭を下げていた。

「ねっ、本当に殺しちゃうところだったの?」

 少し間を置いて、九来が首を縦に振ったのを、瑠璃は自分の頭に当たる感触で理解した。

「ねえ、三ヶ月、何処で何してたの?」

「人として生きるために学んでた。戸籍も手に入れた。金も、瑠璃と一緒にいるために必要なものは全て……」

 瑠璃はおかしそうに笑った。

「全てじゃないわっ……」

「なぜっ、なぜ、そんな事が瑠璃に分かる」

 また、おかしそうな笑いが、瑠璃の唇を震わせた。

「だって、人は、ヤキモチを妬いたくらいで、簡単に人を殺したりしないものよ……そりゃあ、殺人を犯す人もいるでしょうけど、私は自分の愛する人に、そんな人間であってほしくない……どんな命も大切にしなきゃ……でないと、私達は瑠璃玉を抱くもの達に申し訳なくて、幸せにはなれないよ、そうでしょう九来……」

 九来は、愛しそうに瑠璃の頭に口づけた。

「ああ、そうだった……決して、命の大切さを忘れてはいけない……瑠璃は、しっかりと覚えているんだね……」

 瑠璃は九来の腕の中で、首を振りそのまま九来のシャツを握り締めた。

「九来がいなくなってから、何度も、何度も夢を見たの……九来と出会う前に見続けていた夢……」

「夢? どんな……」

 優しい九来の低音の声が、夢を思い出しながら揺れる瑠璃心を安堵させていく。

「九来が、おいでって言うのよ……私は九来に引き寄せられるけど、どこかで分かってるの……ずっと待っていた九来は、私を捨てるって……いらなくなったら、何度も捨てるんだって……知ってるの……でも、惹き付けられるのよ……最後には、全てを喰らい尽くされるって、知っているのに……」

 瑠璃は、少ししゃくりあげるように泣いていた。

「そしたら……たくさんの玉を抱く者達の命の尊さも、私の命と同じだったって気づいた……私だけが、九来に愛されてるなんて自信……だんだん無くなってき、て……」

 瑠璃を抱く九来の力が強くなる、頭を抱え、背中に腕を回し、何処にも誰にもやるまいと賢明に踏ん張っているように見える。

「すまない……そんな辛い夢を見ていたなんて……」

「九来……この夢は、玉の記憶が私に見せたものだったと思う……九来が姿を消してからは、私の心の不安が、あの夢を見せたんだわ……だって、九来と繋がっていた瑠璃玉を……私は、もう持っていないから……戻ってきてくれないかもしれないと思った……」

 瑠璃がそう言ったとたん、九来は瑠璃を抱いたまま、走り出した。息も付けない程のスピードに、瑠璃の頭は呆然となった。

 病院の救急出入り口を出た時も、誰にも気付かれないほど速かった。その後は、飛ぶようにして瑠璃の家の前まで帰ってきた。

「瑠璃、部屋で待っててっ」

 九来はそれだけ言うと、家の裏手へと回った。呆気にとられながら、瑠璃は玄関を入り両親に帰ったとだけいい残すと、部屋に上がった。

 部屋のドアを開けると、瑠璃のベットの上に、九来が座っていた。

「お帰り……」

 そう言って、九来は手を差し出した。

「ただ、いま……何? どうしたの?」


 瑠璃の手を絡めとった九来は、そのまま素早く瑠璃をその胸に抱いた。


「瑠璃……玉を持っていようと持ってなかろうと……僕にとって、瑠璃自身が大切な宝玉のようなものだ……欲しいのは、お前だけ……」


 熱い九来の息が、瑠璃の耳の後ろを掠めた。


「瑠璃……どんなに会いたかったか……はやくこうしたかった……瑠璃、お前を抱きたいっ」


 切羽詰った声が、うわずって聞こえる。


「下に、ママとパパがいる……」


「結界を張ればいい……僕を信じて……」


「……私も……こうしたかった……九来……」


 二人は、お互いを貪るように探りあい、愛し合う……


 そこには、玉を抱く者、玉を食む者としてでなく、ただ男と女としての交わりしかなかった


 愛しい者を欲する想いが、二つを一つに繋ぎ合わせ、至福の絶頂へと導いていく


 狂おしいほどの愛情と欲情の波が、うねるように二人を包んでいた。









 抱き合ったまま、二人はお互いの髪を梳き、お互いの唇をそっと味わった。

 離れていた時間を埋めるように、ゆっくりと濃密に時間が過ぎていくようだった。ありがたいのか、ありがたくないのか、最近の瑠璃の塞いだ様子に、両親も瑠璃に対して穏かそうに見える時は、そっとしておいてくれる。しばらく、二人の時間を邪魔される事もないだろうと、瑠璃も九来も安心しきっていた。


 ワンッ ワンッ


 いきなり、犬の吼え声を近くに感じて、瑠璃も九来もベットの上で身体をびくつかせた。結界の張ってあるこの場所で、犬の吼え声を間近に感じるなど有り得ないことだった。

 九来は、目を細めて部屋の隅を睨んだ。それに習うように、瑠璃も部屋の隅に目を凝らす。

「犬……二匹もいる……なんで? うちに犬なんかいないわよっ」

「瑠璃、よく見てごらん……あれほど性質の悪いものはないよ……」

 必死に目を凝らす瑠璃の目にも、その姿がハッキリと見えてきた。

 部屋の隅で、もつれ合うように絡まった、銀と黒の二頭の竜。

「シーバ……ゼリア……」

「何してるっ……何で、いつも……お前はっ」

 九来が吐き捨てるように言った。


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