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クライ  作者: 海来
28/30

[28] 戻ってきて

「九来っ朝ごはんだよっ……」

 瑠璃は、弁当を持って洞窟にやってきていた。立ち入り禁止のロープをまたいでから、奥に目を凝らす。

「九来?……」

 声をかけるが返事は帰ってこない。ずっと奥の方は崩れている為、九来がいるかいないかは、見れば分かる。

「何処行ったのかな?……」

 その時、洞窟の中で、小石がパラパラと天井から降ってきた。瑠璃は慌てて外に飛び出した。奥まで入って崩落してしまえば、瑠璃の力でも出てこられないかもしれないし、今まで瑠璃を守るようにそこにあった瑠璃玉は、今はもうなのだ。何かあっては困る、自分の力の使い方もろくに分かっていなのだから。

「こわっ……外で待ってよう……」

 瑠璃は、洞窟から離れて浜辺に座って辺りを見回した。

 九来の姿は、何処にもなかった。










『夕日が街並みに消えようとする頃

 

           彼はやってきた


                私の元へ


 漆黒の長い髪を風に揺らし、漆黒の瞳は私を見つめ続ける


 紅い唇は、物欲しそうに薄く開いていた……


「おいで……」


 なぜか、分かっている……この人は私を捨てるのだと……


 いらなくなったら……私は捨てられるのだと……


 なのに、抗うことは出来ない……


      いいえ、したくない……


 もう一度……いえ、何度も……


        捨てられるために……ついていく……


「クライ……待っていたの……」


「私も待っていた……お前を喰らうために……」


 瑠璃の身体を何者かが揺さぶった』








「君っ……またか……学校には行ったのか?」

 肩に置かれた手の重みと、声に、瑠璃ははっと目を覚ました。九来を待っていて眠ってしまったのだ。

 声のしたほうに顔を上げると、制服に身を包んだ警察官だった。

「君、?」

「…………」

「さあ、立ってっ。もう遅い時間だ、家に帰りなさい。ここは3ヶ月前とはいえ、崩落した洞窟の近くだから危険だと何度言わせるんだ……嫌な事があって学校には行きたくないのかなァ、困ったもんだ……いちどしっかり話を聞かなければいけないかな? 親御さんも心配されてるだろうっ」

 瑠璃は、きっと警察官を睨みつけた。放っておいて欲しかった、でも、言う事を聞かなければ、学校や親に知られてしまう……瑠璃は、さっとカバンを持つと浜辺を後にした。

 遠くで、警察官が、明日はちゃんと学校に行きなさいと叫んでいる声が聞こえた。

 瑠璃は、学校を遅刻したり、早退したりを繰り返しながら、毎日の様にこの浜辺に来ていた。

 あの天界から戻った日から、九来は行方が分からなくなっていた。何の痕跡も残さず、何の連絡もない。

 消えてしまった。

 あの数日が、まるで夢ででもあったかのように、その存在が消えてしまった。

 ただ、清だけは九来を覚えていて、必ず戻ってくると言ってくれていた。

 だから、瑠璃は毎日九来を待ち続けている。何度も泣いた、何度も九来を疑った……天界で生まれた新たな美しい命は、静波にそっくりだった……もしかしたら、九来はそこに行ってしまったのかもしれないと、悔しさと悲しさに涙が止まらない日も多かった。

 それでも、いまだに瑠璃は毎日、浜辺に来ては九来を待っているのだ。

「何処に行ったの……九来……淋しいよ……戻ってきて……」

 瑠璃は歩くのをやめて、俯きながら泣き始めてしまった。

 あれから程なくして、瑠璃はまた以前に見ていた夢を見るようになっていた。

 今も見ていた夢は、自分が九来にとって玉を抱く者でしかなかったと、瑠璃を悩ませるものになっていた。その反面、それでも構わないから帰ってきて欲しいと思う気持ちと、瑠璃玉を失ってしまった自分には、もうその資格すら無いのだと悲しみは増していく。

 涙をこぼしながら、瑠璃はまた歩き始めた。







「っで……お前は、また学校に行かなかった……」

「…………」

 清の入院している病室のベットの脇で、瑠璃はうな垂れていた。そんな瑠璃を、呆れ顔で溜め息混じりに見つめていた清は、ベットから足を下ろして松葉杖を握った。

「ほらっここじゃ話できないんだろっ。行くぞっ」

 清は瑠璃の腕を掴んで立ち上がらせた。

「清……歩けるの?」

 清はムッとした表情で瑠璃を睨んだ。

「ああっ、随分前から、松葉杖ついてなら歩けるさっ……お前が、知ろうともしなかった事実だっ」

 怒っている清を、大部屋の同室の人たちが、彼女が可哀相だと怒るなと言いながらおちょくっているのが見えた。

 九来がいなくなってから、その存在自体を疑った時、清のところに走ってきて以来、瑠璃は自分の不安を清にぶつけるだけで、清の事などまったく見ていなかった。

 それが、どんなに清にとって辛い事かなど、瑠璃には考える余裕はなかった。松葉杖を器用について歩いていく姿を見ていて、本当に随分前から、歩いているのだと瑠璃は気づいた。

 自分の身勝手さ、愚かさを責めながら、瑠璃は幼馴染の清の後を付いて行った。








 清と瑠璃は、病院の外来受付の前に来ていた。

 もう午後7時近い時間では、誰の姿もなかった。この病院の救急入り口も、病棟への入り口も、正面玄関横の外来受付とは離れているため、今の時間には電気もほぼ消され、薄暗い感じがする。

 あまり心地の良い感じえではないが、座って話をするにはここが一番無難だろう。何せ、清はまだ松葉杖なのだから。

「なあ、瑠璃……九来はさ、何も言わずにいなくなった……それって、お前の前から消えたってことだろう。始めは俺も直ぐに帰ってくると思ったけど……もう3ヶ月じゃん……おかしいって……もとからさ、何もかもおかしかったって……現実じゃない……っか、九来は静波のところに行った……天界で、お前が見た新しい命のところなのか、それとも……静波の後を追って……」

 瑠璃は、ぐっと奥歯を噛んだ。力を籠めていないと、大きな声で泣いてしまいそうだった。清はなぜ、こんなひどい事を言うのだろう……。瑠璃が一番認めたくない、でも、一番真実に近いような事を……。

「わすれろっ……現実かどうかも分からない、あんな奴の事なんか……俺にしとけ……俺なら、お前を苦しめないっお前をこんなに泣かせないっ……お前を放って置いたりしないっ」

 清は自分の横で身体を固くしている瑠璃を、しっかりと抱きしめた。

「ほらっ俺なら……こんなにもしっかりと、お前を抱きしめていられる……俺は、お前が好きだ……だから……」

 清は瑠璃の顎に手を添えて、自分の方へ向かせる。涙に濡れて赤くなった瞳を覗き込んで、その瞼に口づけた。

「やっ……」

 瑠璃が清を押し戻そうと手を伸ばした。

「瑠璃……何で……俺じゃだめなんだよ……バカヤロウっ……」

 清はもう一度、瑠璃をキツク抱きしめた。

 その肩を、誰かがぐっと握った。清は握られた自分の肩に目をやり、そのまま視線を上げた。

「てってめー……」

「瑠璃から離れろ……」

 低く怒気を含んだ声が、瑠璃の耳に届いた。

「く、ら、い……」

 顔を上げた瑠璃の目は、九来の怒りに満ちた目とぶつかった。

「瑠璃っお前は僕のものだっ……こんな所で何をしているっ」

 明らかに九来は怒っている。

 その瞳はかげり、冷たく光っていた。


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