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クライ  作者: 海来
26/30

[26] 新しい命

 シーバの水とゼリアの闇に包まれながら、瑠璃と九来は泉の中を進んで天界側の生命の泉に顔を出した。

 泉に浮かんだまま、瑠璃は大天使を仰ぎ見た。手には、海月のものだった瑠璃玉の輝きを閉じ込めた水晶が握られていた。

「大天使様っこの水晶の中の想いは、生命にかわる? ねえ、この瑠璃玉に込められた愛の想いは、生まれ変われるかしらっ」

 瑠璃の大きな呼び声に、大天使の瞳が動いた。


『人の子よ、珍しいものを持っているな。それは瑠璃玉……その玉そのものが生きている。心を持ち、想いを叶えようとする。泉の中で一晩過ごせば、新たな身体を手に入れ生命は続く……しかし、人の世では生きられぬぞ。この天界でのみの生命、それでよいのか』


 瑠璃は大きく頷いた。


『魔界の泉のほとりでは、私の双子の弟が、わめき散らす魔女に困っているようだな……一体、何をやらかしてきたのだ?』


「ちょっと……双子って……まさか、あの鷹の顔の大天使様のこと?」


『ああ、あれ以外に私の弟はおらぬ。まあ、うるさい蝿は追うだろう……安心するがいい、あの魔女の力では、この泉を進む事は叶わぬ』


「じゃあ、この瑠璃玉が生まれ変わるのに邪魔は入らないのね。これは、魔界の泉のほとりで騒いでる魔女が持っていた光を水晶に閉じ込めたもの。あの魔女がこの光を追いかけてきたのか、それとも九来を奪おうとしているのかは分からないけど……明日の朝には、全て終わってる……」

 瑠璃は安堵の表情で、人の姿になっているシーバとゼリアを見つめた。

「さっき、向こうの大天使様が言ってたわよねっ、この泉の中なら、シーバもゼリアも生きられるって」

 シーバは眉間に皺を寄せ、瑠璃を睨んでいる。

「ああっ、でも俺は天界でやらなきゃならないことがある。ゼリアを身体に入れたまま、生きてかなきゃ海月とのバランスが崩れちまう。この泉の中でずっと暮らすなんてことは出来はしないんだっ」

 首を振ったシーバの肩を、九来が叩いた。

「天界の住人であり続けようとしなければ、ゼリアと共に生きて行けるのじゃないか?」

 ムッとした顔で、シーバが九来を振り返った。

「だから、天界と魔界のバランスが取れないって言ってるだろうっそんな事になったら、全ての世界がバランスを失う。俺たちには選択肢はないんだっお前には分からんっ」

 九来は、なぜか分かっているとでも言う様に、少しだけ笑ってシーバの肩をもう一度叩いた。

 瑠璃はゼリアに近寄ると、その頬に手を添え、優しく微笑んだ。

「大丈夫っ海月とのバランスをとる者は、此処に生まれる。明日には生まれるわっ。シーバと一緒にいたいんでしょうゼリア……」

 ゼリアは眉根を寄せて瑠璃を見つめながら、首をひねっている。

「瑠璃が思っているような感情ではないわ……ずっと説明してきたと思うけれど、シーバが苦しんでると私は満たされる。二人が幸せに暮らしましたでは、私は満たされないのよ……瑠璃……きっと、あなたには永遠に理解できないでしょうけれど。私があなたの気持ちを理解できないように……」

「そうね……でも、こうしたら? 私の気持ちも、シーバの想いも、ゼリアに分かってもらえると思う……」

 瑠璃は自分の胸に手を添えると、目を閉じて何かをブツブツと言い始めた。言葉を紡ぎながら、瑠璃は自分の胸に置かれていた手を、ゼリアの胸に押し当てた。

 瑠璃の手から瑠璃色の輝きが、ゼリアの胸に移っていく。

「あっ……」

 息を吐きだしたゼリアの頬が、紅く染まる。瑠璃が手を離しても、しばらくの間ゼリアの胸の中で瑠璃色の光が輝いていた。

「る、り? これは何?」

 ゼリアは頬を紅く染めたまま、瑠璃に聞いた。瑠璃は優しく微笑みながら答える。

「これは、愛という感情……誰かを愛しいと思う感情なの……どう? 今一番愛しいと思うのは誰?」

 ゼリアは頬を染めたまま、シーバをしっかりと見つめ、シーバの頬にそっと手を伸ばした。

「勿論……シーバ以外にいるはずがない……この感情……シーバの中にも、九来の中にも感じる事は出来たわ……でも、理解する事は出来なかった……今は、分かる……シーバ……愛しているわ」

 シーバは身体を硬くしたままゼリアを見つめ続けている。

「る、り……どうなっている……ゼリアから愛を感じる……ああっゼリアっ俺も愛しているっ」

「ゼリア、勝手な事をしてごめんなさいね。でも、二人には永遠に一緒にいて欲しかった。合理的とか理想的とかではなくて……ただ愛の為に……同じ想いでいて欲しかったから……」

 シーバの腕に抱かれながら、ゼリアは瑠璃を見つめて微笑んだ。初めて見る愛情のこもった微笑だった。

「いいの……勝手にしてくれなかったら、こんな素晴らしい贈り物を拒んでいたわ……瑠璃、ありがとう……」

 瑠璃は嬉しそうに九来を見た。九来も嬉しそうに微笑んだ。

「瑠璃玉は、本来、愛するという想いそのものだったんじゃないだろうか。だから、大昔から海神、竜神を守る巫女にその玉は握られて生まれてきた。巫女は神を愛して一生を終えるんだ……それなのに、僕が……静波に邪まな想いを寄せたために……全ては変わってしまった」

 そう言った九来の表情は、苦痛に歪んでいた。シーバに抱かれていたゼリアが九来にそっと触れた。

「それは違う……言ったでしょう、あなたはシーバに似ているの。だから、私があなたに静波を襲わせようとしたの……シーバにそっくりなあなたの苦しみや絶望がもっと欲しかったから……あなたを操ったのよ……」

 九来の唇が震えていた。

「あ……そんな……静波をあんなに求めたのは……僕ではなかったのか……愛していた……愛していたのに……」

 九来は、放心したように空を見上げながら涙をこぼしていた。

「ごめんなさい……あの時の私に、愛するという感情があれば、あなたにあんな事はしなかった……全部、私が悪いのよ……九来……許されない事をしたわ……今は、それが分かる……」

 瑠璃は、ゼリアの頬を流れる涙をそっと拭きとって、直ぐに九来の背中を抱きしめた。


「九来……あなたは静波を愛していた。だから、静波は……それが分かっているから……静波はあなたを闇から守ろうとした。愛する想いを忘れて欲しくなかったから……だから、あなたに瑠璃玉を呑み込ませたのよ」


「瑠璃……でも……僕は、ずっと忘れていた……愛するという心を……」

 瑠璃は九来を抱きしめる腕に力を込める。


「忘れてなんかないわっ私を愛しているんでしょうっ……愛してるって言って……九来……愛してるって……」


 九来の涙が頬を伝って流れ落ち、泉の中に消えた。

「愛してる……瑠璃……この心はお前のものだ……全てを忘れていた僕に、思い出させてくれたのは、瑠璃……お前の愛だから……決して、失いたくはない……もう二度と、愛する者を失いたくない……」


「九来……大切なもの、失いたくないものは、これからどんどん増えていくわ……私達が一緒にいる限り、それは終わることなく増えていくの……だから、強くなりましょう……全てのものを守れるくらいに……」


「ああ、こんなにも強い女を愛してたんだ……瑠璃、ずっと一緒にいよう……この命尽きるまで……」


「ええ、この命尽きるまで……シーバとゼリアは永遠に……」


 シーバが笑う、ゼリアが微笑む。

「ああ、永遠に……」

「ええ……」


 その時、瑠璃が握っていた水晶がピシッと音を立てて割れた。

 中から、瑠璃色の輝きが飛び出し、命の泉に潜り込んで行った。

 まだ、泉の中にいる瑠璃の足元のあたりで、そのまま輝き続けている。きっと、瑠璃の中にある瑠璃玉と引き合っているのだろう。嬉しそうに、瑠璃の足元をクルクルと回り始めていた。


『さあ、泉から上がるのだ。命の誕生を邪魔する事は許されんぞ、命の守り番のみが残るがよかろう』


「命の守り番?」

 瑠璃が、泉から上がりながら、不思議そうな顔で大天使を見上げた。


『水の銀竜と闇の黒竜は、命の守り番……二人が出会ったのもこの泉の中よ……のう?』


 シーバとゼリアがあ然とした様子で大天使を見上げていた。

「ご存知だったのですか……」


『私は、嘘は付かぬぞ……だが、聞かれぬことに答える時間などないからな……誰も聞いてはこなかった』


「では、魔界の大天使様もご存知なのですか?」

 ゼリアが震える声で聞いた。


『勿論、初めから知っておろうな……闇と水の子供はどんなものかと、楽しそうに言っておったわ』


 瑠璃が首を傾げた。

「凄く離れてるのに、よく会いに行くの? 弟さんに?」


『愚かな事を言うでない、私達は泉で繋がっておる。いつも一緒なのだよ……そんな事よりも、シーバ、ゼリア、命を包んでやりなさい』


 大天使の声に、シーバとゼリアは慌てて泉に潜って行った。




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