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クライ  作者: 海来
22/30

[22] 脱出っ

 シーバが牢のドアに近づいて、鍵穴に触れる。そこへ自分の銀色の髪の先を滑り込ませた。

 滑り込んでいった髪の毛は、あっと言う間に水に変わる。鍵穴から水が溢れだし、ドア全体を包み込んでいった。

「シーバ、何やってんの? それってあんたの髪の毛でしょう、なんで水に変わったのよ」

 瑠璃は不思議そうな顔をしながら、シーバの横に立った。水に触れようと手を伸ばす。

「止めた方がいいっお前まで俺の水に捕まるぞ……俺は海神の眷属、水の属性を持っている。この身体は水に変えることが出来るんだよ……このまま、鍵を開けてドアを音もなくひらくんだ……今からは、少しの間静かにしててくれ」

 瑠璃は伸ばした手を、慌てて引っ込めた。

 ドアが音もなく開いた。シーバが先に廊下へと出て行きあたりの様子を窺っている。

 ドアを自分の髪からできた水に捕らえたまま、瑠璃と九来に出てくるように合図を送ってきた。

 牢を出ると、そこは牢と同じくらいの暗がりで、瑠璃の胸に輝いている玉の灯だけが、唯一の光源だった。

「瑠璃、その光を抑えろ……見つかっちまう」

 シーバが小さな声で言った。瑠璃は眉根に皺を寄せ、首を振る。自分で、この輝きを抑える術を、瑠璃は知らなかった。

「分らないのよっ」

 そう言った瑠璃の体を、九来が抱えた。瑠璃の胸を自分の胸にぴたりとくっつけた状態で、その輝きを隠してしまった。瑠璃は、密着した九来の体から響いてくる鼓動が、自分の心臓の音と重なって、何とも言えない恥ずかしさと、不思議な安堵感に包まれていた。

 そんな姿を見ているシーバは、ふっと息を洩らした。いい気なものだと思っている。自分にとって今回のことは、生死を分ける大事な事だというのに……この人間の女は、自分の半分も危機感を持っていないのだろうと思うと、この先のことが思いやられた。

 ふっと見た九来の真っ直ぐな視線に、シーバは大丈夫だと励まされているような気がした。何千年もの間共に生きてきたこの男は、信用に値すると、シーバは知っていた。能天気な瑠璃と一緒でも、九来がいてくれれば上手くいくような……そんな安心感を持った。


『長い付き合いだからな……』


 シーバは、廊下を音もなく歩き始めた。九来の足元には、牢のドアを元に戻した後の、シーバの髪の毛で出来た水が、ゆるく流れていて、歩かなくても九来を運んで行った。

 少し行くと、わずかな灯が漏れてくる通路があることが分かる。

 シーバが止まった。九来は自然とシーバの後ろの止まることになる。

 指を口元にあて、黙っているように二人に合図を送ると、灯りのある場所から少し向こうに二人を誘導した。

 そのあと、そこに留まるように、ここにいろと口の動きだけで伝えてきた。

 シーバは、その体を水に変えると明かりの灯っている廊下の天井へと上がって行った。

 廊下の向こう側まで天井を移動している。その下では、赤い巻き毛の大男がでっぷりと太った腹を摩りながら、ワインを飲んでいるところだった。顔を真っ赤に染め、満足そうに頷いているその顔は、至福を表していた。

 シーバは新たなドアの隙間をするりと抜けて行くと、そのドアをコツコツとノックして顔を覗かせた。

「やっドルン、いつもの様にいい酔い加減だなっ上物のワインが手に入ったらしいじゃないかっ……ちょっと俺にも飲ませろよ……」

 ドルンと呼ばれた男は、シーバをチラッと見た後、ゲップっと大きく息を吐き出した。ドルンの息の匂いと、濃厚なワインの匂いに、シーバはむせ返りそうになった。

「久しぶりだな……えっシーバ……前に会ったのは何千年前だっけ? この薄らバカがっもう戻って来ねーかと酒瓶で墓造るとこだったのに……残念なこった」

 シーバは、大男の肩をボスッと殴りながら、その手にあるワインの瓶をひったくると、自分の口元に持って行った。

「旨いっ、誰に貰ったっ……牢番を替わったお礼ってところか……グラーボだな、奴はさっき風神の眷属としっぽりやってたぞ。あいつは、お前と違って酒より女だからな……」

 ドルンはニヤッと笑ってから、シーバに握られたボトルを奪い返してぐっとワインをあおった。

「まっそんなところだ……で?……何の用だ、まさか俺に会いに来たわけじゃねーだろうが」

「お察しのいいことで……下の牢に入れられた人間に会いたい……ほんの少しでいいんだ……頼むっ」

 ドルンは、何も言わず鍵束を手に取った。

「付いて来いっ……この付けは大きいぞ……だがな、必ず払ってもらう……消えちまったりしたら許さねーからなっ」

 知っている、シーバはそう思った。このドルンは何もかも知っている……知っていて、自分を行かそうとしてくれているのだと、そして首尾よく戻って来いと言ってくれているのだと思った。

 それが分かるほどに、二人は長い間酒を酌み交わしてきていた。もちろんの事、シーバが闇の黒竜を喰らうまでの話なのだが。

「ああ、必ず払うさ……必ずなっ」

 ドルンは、先にたって掌に灯りをともすと牢へと歩いていく。牢の前で鍵を開け、立ち止まった。

 シーバは大男の背中をドンと突き飛ばした後、懐からワインの新しい瓶を出して牢のドアの内側に置いた。

「ここで朝まで飲みやがれっ……」

 シーバは鍵穴に刺さったままの鍵を回して、突き刺したまま瑠璃と九来が隠れている暗がりへと戻ってきた。

「行くぞっ」

 シーバが短く言った。

「さっきの人は? 何だか自分から牢に入ったみたいに見えたわよ。どういう事? シーバの仲間なの?」

「いいやっ俺に仲間なんていない……まっ、今の時点ではお前らが仲間なんだろうな……」

「だってっさっきのっ」

 九来が瑠璃の口を指先で押さえた。

「瑠璃……問い詰めない方が良い事もある……聞かない方が、言わない方が良い事もあるんだ」

 瑠璃は、不思議な物でも見るように、九来とシーバを交互に見つめた。

「二人には分かってる事なの?」

 シーバが、ククッと笑った。

「ヤキモチは妬かないでくれよ、お嬢さん。俺と九来は付き合いが長いんだっ」

 九来も同じ様に笑った。

「そうだ、気が遠くなるほどな……」

「そして、あのドルンとはもっと気が変になるほど長い付き合いだ……」

 瑠璃は首を傾げながら、ふーんとだけ言った。

「さっ、無駄話は終わりだ……早いトコ形つけなきゃなっ」

 そう言うと、シーバは灯りの灯った廊下に入って行った。






 廊下に入った後、小さな部屋を通りぬけ、また長い廊下を歩いて上り、三人はやっと外に出てきた。ちょうど、宮殿の裏に出てきたらしく、ひっそりと静まり返っている。

 牢に入れられたのはあっという間で、大広間から一瞬で牢に入っていたから、瑠璃と九来にとっては不思議な感じがしていた。

 今は夜のようで、辺りは暗いが、不思議なのは星々も月も目の高さよりも下にある気がすることだったが、それも定かではなかった。

 上なのか、下なのか……考えようとすればするほど、不安になり、妙な感覚におちいる。瑠璃も九来も、此処は天界なのだと言い合って、人の世界の論理で考える事はやめようと約束した。

 その言い様に、シーバは声を出さずに笑っていた。

 宮殿の壁に沿って、シーバが移動していくと、裏庭に出てきたようだ。

 そこには、大きな天使像があり、大きな亀から水を滝の様に流していた。

 瑠璃が天使像を眺めていると、天使の目が動いたような気がした。

「あ……うご、うご、うご……」

 瑠璃は自分の口に手を当てて、目を見開いている。


『これはこれは、人の子よ……月夜の散歩かな』

 

 瑠璃も九来も、頭に直接響く天使の声に、呆然としていた。鈴が鳴るような軽やかな気もするし、大鐘が鳴ったような震えるような感覚もあった。

「これはこれは、大天使様。今宵は良い月夜ですね……こんな良い月夜にもお仕事とは、大天使様には頭が下がります」

 シーバは深く腰を折った。


『シーバ……また水浴びですか? 人の子と一緒に……』


「はい、大天使様の泉に入れてもらうのは構わないでしょうか?」


『私は仕事をしているだけ、好きにするといい……今宵見たことは、嘘はいわないし、わざわざ話もしない……だから、シーバの好きのおし』


「では……」

 そう言ったシーバが、二人を手招きした。

「さあ、この泉に入るんだ……海月の所に行くには、此処からしかいけないからっ、大天使の気が変わらないうちに」

 瑠璃は泉に足を入れながら、大きな天使像を見上げた。

「ねえ、あなたのお仕事って何?」


『私の仕事……見て分からないかい?……勿論、この足を濡らし続けること……ただそれだけ』


「ただ、それだけなの? つまらなくない? それだけじゃ……」


『つまらないわけがない、これ以上に大切な事など、この私には存在しないのだよ……』


「そう、じゃあ、幸せね?」


『ああ、幸せだよ……かわいい子……行っておいで……』


 大きな天使像がほんの少し微笑んだような気がして、瑠璃はそれだけで大満足だった。




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