[20] 天界へ…
銀竜は、細かい経緯を話し始めた。
天界に帰って、自分がまた元の、海神の眷属という地位を取り戻したこと。その後、魔界へ海月の魂を送る作業中に、逃げられ、どこに行ったか見当がつかないこと。ただ、魔界以外には行く事が出来ず、海月の魂は魔界にいるはずだが、魔王の刻印を受けない限り魔族にはなれず、天界と魔界の生命のバランスが崩れてしまう事。
そうなれば、銀竜はまたこの世界に落とされてしまう。遠い昔に自らがしでかした過ちだとはいっても、天界に戻りたいのだと、瑠璃に懇願した。
魔界には天界の者は入り込む事は出来ないが、瑠璃に入るか、九来に入れば可能かもしれないのだと、そうして海月を見つけ魔王の元に送らなければ、二度とチャンスは巡ってこないだろうと言った。
そうなれば、この世界で生きていくために、クライの身体を使わせてもらわねば、自分は人を喰らいながら生き延びなけれなならなくなると、銀の瞳を陰らせながら話した。
闇の黒竜を身体に取り込んで生きる銀竜にとって、人の恐怖はご馳走のようなものだったが、もともとの銀竜はそうではない……人を喰らって生きる事に嫌悪があった。
銀竜は最後に九来の瞳を覗き込んだ。
「クライ、お前の中に入れば、今までと同じ様に玉を抱く者を千年待って生きて行ける……そのうち、また瑠璃のような者が出てくるかもしれない……俺は、それしか方法がないなら、それでも構わん……」
そう言った銀竜から目を逸らさずに、九来は睨み返していた。
「脅しか……」
「いや、現実さ……」
瑠璃が九来の後ろから出てきて、銀竜に近づいていった。
「瑠璃っ何をやってる、危険だっ」
九来が慌てるのにも耳を貸さず、瑠璃は銀竜の腕に触れた。触れられた瞬間、銀竜の額に苦悶の皺が寄った。
「やっぱり……あんたって、私に触れられると辛いんでしょう。だって、私はあんたを鎮めておくための玉を持ってるんだもの……よくそれで、私の中に入るなんて言えたものねっ、この嘘つきっ始めから九来が狙い?」
瑠璃に腕を捕らえたままの銀竜は、苦い表情のまま黙っている。
「九来っパパの書斎が一階のリビングの横にあるのっ机の引き出しから、紫色の箱を持ってきてっ」
慌てて出ていった九来は、直ぐに紫色の小箱を手に戻ってきた。
瑠璃は九来からその箱を受け取ると、蓋を外して中身を出した。銀竜の前に、その中身を指に摘んでぶら下げる。
「何か分かるわよねっ……昔ね、おばあちゃんがパパに贈った物なの、スッゴク高価な水晶なんだって」
銀竜は、顔を背けた。
「あんたが九来に入って魔界に行きたいって言うなら、行ってもらおうじゃない。あんたがいなきゃ、魔界のことも、どうやって行くのかも分らないんだから」
九来が不安そうな顔で、瑠璃を見つめている。
「でもっ戻ってきたら、九来から出て行ってもらうわっ……って言うか、九来が拒否したら直ぐに出るのっ。約束を破るなら、その時は私が無理やり出て行かすからっ! そして、この水晶の中に閉じこめてやるっいいっ」
そう言ってから、瑠璃は5百円玉ほどの直径の水晶玉をスカートのポケットに入れてファスナーを閉めた。
振り返ると、九来が首を振りながら微笑んでいた。
「瑠璃……お前には敵わない。銀竜をこの身に入れて、魔界に行こう……海月を何とかしなければ、私達の未来に不安が残る」
瑠璃は、ニヤッと笑った。
「私達の未来を考えるなら、『私』じゃダメじゃない……『僕』だったでしょうっ」
九来もニヤッと笑った。
「ああ、そうだった……僕が間違ってた……」
「それでよろしいっ」
銀竜が、部屋の隅でハンッと言って、小馬鹿にしたように笑っていた。
「笑ってればいいわっバカ竜。本当に水晶の中に閉じこめる力は持ってる。あんたが一番知ってるんでしょう……だから、私の助けがいるし、私が怖いのよっ」
銀竜が、手を広げて降参のポーズを取った。
「ホントっ怖いお嬢さんだっ。俺はもっと、しとやかな方が好みだな……クライ、お前とは女の好みが違いすぎるわっ、心配しなくても、瑠璃には手を出しゃしねーよ……だから、一緒に行ってくれ」
九来は、怪しむような視線を銀竜に向けた。
「瑠璃に何かあったら……お前を道連れに、お前が一番苦しむ方法をとってやるっ」
「俺が、苦しむ方法を知ってるのかっ」
「いやっ、時期にわかるさ……僕を甘く見るな……」
瑠璃の周りの者たちが、瑠璃は海外に留学しているとおもうように暗示をかけ、瑠璃と、銀竜をもう一度その身に取り込んだ九来は、天界を目指していた。
銀竜を身に宿す九来は、瑠璃を抱いたまま空高くを進んでいた。銀竜は、目的地を体の中から直接九来に教えていたが、その声はどうやら瑠璃にも聞こえているようで、九来よりも瑠璃の方が先に反応している。
「あっあれか……なんか、想像と違う……ちょっとガッカリ……」
天界の門が見えてきた、高い山の頂の上を目指していたとき、それはいきなり現れた。
白い石が何重にも積み重ねられて小さな門は、雲に隠れるようにひっそりとしていた。九来が足元を確かめながら、門の前に着地する。ふわふわの綿菓子の様に見えていた地面は、以外にもしっかりと固く、冷たい。
門を潜る時にも、九来は瑠璃を下ろそうとはしなかった。
「九来……もう下ろして、自分で歩いてみたい」
九来はしぶしぶと言った感じで瑠璃を下ろした。
『クライ、瑠璃の手を放すなっ。天界人に瑠璃を渡すな……魔界に行けなくなっちまう』
瑠璃の手をしっかりと握ってから、九来は聞いた。
「どうして、天界人が瑠璃を欲しがるっ」
『あっ? 瑠璃の力は、俺なんかよりも天界人に近いんだ。瑠璃玉も持ってるしな、俺の後釜に相応しい、っていうか俺よりも上位の天界人になれる……俺なんぞ、所詮は眷属どまりさ……神にはなれんからな』
「私は、そんなものにはならないわよっバカりゅ、ぅ……」
瑠璃の声が、風に流されて聞こえにくくなった。
辺りに浮かんでいた雲が、キレイに二つに別れ、道を作った。
「ようこそ……天界へ……」
瑠璃と九来からほんの少し離れた場所に、背の高い金色の長い巻き毛を風になびかせ、光沢のあるマントを着た、この世のものとは思えないほどの美しい男が立っていた。
「銀竜……ご苦労様……もういい、この者たちから離れなさい……」
『御意……』
九来の体から、銀竜が抜け出し姿を消してしまった。
「ねっ騙された? あのバカ竜に……」
「ああ、そのようだ……」
九来は、瑠璃の腰を引き寄せ、しっかりと自分の方へ抱き寄せた。