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クライ  作者: 海来
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[2] 静波とクライ

 瑠璃はゆっくりと目を開けた。まだ、唸るほど頭が痛い。

「いった……」

 頭に手をやった瑠璃は、その手に何か冷たいものが重なるのを感じて、咄嗟に手を引っ込めた。

「っ……あんた……何で……」

 瑠璃の手に重ねられたのは、水崎の手だったらしいことに瑠璃は驚いていた。

 じっと瑠璃の目を覗き込む漆黒の瞳は、ゆらゆらと揺れる暗い水底のようで、なぜか穏やかなその中に引き込まれそうなる。

「誰なの……転校生って……」

 水崎は、唇を薄く開いて優しそうな笑みを浮かべた。

水崎九来みずさきくらい、皆にはそう自己紹介した。お前は聞いていなかったのか」

 瑠璃は体を起こして、水崎を睨み付けた。

「なんで、転校生のあんたが、私と一緒にここにいるのよっ、ここって保健室じゃないっ」

「私が運んだのだから、分かっている」

「そんなこと言ってないわっ。なんで……てかっ、あんた誰なのっ名前聞いてるんじゃないわよっ何か胡散臭いんだから……」

 どう聞いていいか分からなかった。胡散臭いとしか言いようがない。まさか、何故、自分の夢に出てきたのか等と、おかしなことを聞くわけにはいかない。頭がおかしいと思われるのは嫌だ。

 自分の眠っていたベットに、長い足を組んで座っている目の前の男は、とても美しく見ているだけで心を掻き立てられる。

 触りたくなるほど艶やかな黒髪を、腰の辺りまで伸ばしている。

「なぜ……覚えていない……私の事を、覚えていないのは何故だ……」

「なに? 覚えていないって……」

「全く覚えていないのか……まさか……お前が……」

 そう言うと、水崎は顔をしかめて、ベットから立ち上がると保健室を出ていった。

 瑠璃は、水崎が何を言っているのか理解できなかった。あんなに印象的な男を忘れるはずがない。夢の中でしか会った事はないはずだ……夢の事を言っているのだろうか……呆然と考えながら、瑠璃は自分の考えがだんだん可笑しくなってきた。

 声を出して笑うと、また頭が痛んだ。

「あら? いつの間に、入ってきたの?」

 保険医が、訝しげに顔をしかめた。

「私も分らないです……運んでもらったみたいだから……」

 保険医は、何度も首をかしげている。

「そんな気配無かったのに……おかしなこともあるものね……」

 何も気づいていない様子の保険医を、瑠璃は不思議な思いで見つめていた。


『水崎くらい……くらい……』


 クライの事を考えると、瑠璃の頭がまた酷く痛んだ。

「っ!」

「あらっ大丈夫? 頭痛だったの? 酷いみたいね、もう少し休んでいきなさい。担任の……えっと、確かあなた3年よね」

 保険医は、瑠璃の顔を覗き込み、額に手を当てながら聞いた。

「はい、3のDです。上田先生の組です……」

「じゃあ、私が伝えておくから、あなたは寝てなさい……」

「はい……」

 瑠璃は返事をした後、直ぐに横になった。

 あっという間に、何かに引き込まれるように眠ってしまった。





 薄暗い洞窟のような場所。薄くゆらゆらと光を発する丸い石の前に、長い髪を後ろに纏めた、袴をはいた女性が見える。その髪は、石からの白い光を透かして薄茶色なのが分かる。

 顔は反対を向いていて見えない。

 私……また、夢……

 女性の横に、水崎九来が立っている。



静波しずなみ……こんなものに縛られて、一生を過ごすのかっ……別にお前がいなくても、この水晶はなんとも無いのじゃないか?』


 静波と呼ばれた女性の背中は、なぜか悲しそうな感じがした。ただ黙って丸い石の方を向いているその肩は僅かに震えている。その背中は、とても悲しい、とても苦しいと叫んでいるような気がしてならない。


『クライ……このっ水晶を守るのが私の生きる価値。それ以上でも、それ以下でもない。私には、他の人生などないし、必要もないのです……くらい……もう下がりなさい。私も休みます』


 水崎が、静波の体を後ろから抱きしめた。


『愛している……』


『だめよ……クライ……放すのです』


『いやだっ君を放したりしない……愛しているんだ……もう、我慢なんて出来ないっ愛している』


 静波の体がガクガクと振るえ始めた。


『放せと言っているのよっ無礼者がっ……私は水晶の巫女っお前のような者が触れる事など許されないっ』


 水崎の腕が力なく離れた。


『愛しているのに……小さい頃から、ずっと一緒だと言ったではないか……いつの間に、変わった……巫女とは、そんなに良いものか……』


『幼い頃の想いに囚われている事はできない。私は水晶の巫女……お前とは違うのだ……下がりなさい……』


 ふらりと水崎のからだが揺れた。ゆっくりと歩いていく先に、水晶が輝いている。


 水崎の腕が振り下ろされた……水晶が壁に叩きつけられ粉々に割れた。


 水晶の中の揺れていた輝きが、一瞬のうちに墨の様に漆黒に染まる。

 

 静波が驚愕に目を見開きながら、呪文を唱え始めたが、漆黒のゆらめきは大きくなる一方だった。


 漆黒のゆらめきは水崎を捕らえ、呑み込んだ。


『クライっ!!! クライっ!!!』


 既に、呪文を唱える事も忘れてしまったのか、静波は叫びながら涙を流している。


 静波の呼び声に応えるように、水崎が振り返る。


 振り返りながら、水崎の体は形を変え始めた。


 自分が知っているもので表すなら、それはドラゴン……真っ黒な漆黒のドラゴンだと瑠璃は思った……長い爪に鋭い牙を持ち、コウモリのような翼、滑らかに輝くウロコ……その中で、瞳だけが銀色に輝いていた。


『クライ……お前は……水竜になったのですか……それとも……』


『巫女よ……お前が守ってきたものは、水竜ではない……闇の竜を閉じ込めていた水晶……そう、私を閉じ込めていたもの。この男の体は貰った』 


 静波が漆黒の竜に近寄っていく。


 その体に触れ、抱きしめた時、静波の胸元が瑠璃色に輝き始めた。


 静波は、懐から短剣を出すと自分の胸を切り裂き、小さな瑠璃色の玉を取り出す。


『クライ……愛しています……私を許して……千年ごとに会いましょう……』


 そう言ったかと思うと、静波は手に持った瑠璃色の玉を漆黒の竜の口の中に腕と共に入れてしまった。


 漆黒の竜が静波の腕を食いちぎる。


 静波の腕から、鮮血が噴出した。


 漆黒の竜は、甲高い咆哮を上げながら体をくねらせ始めた。


 長い間蠢くように這いずり回っていた竜は、その動きをやっと止めた。


『し……ずなみ……』


 水崎の震える声が聞こえた。


 静波がほんの少し、漆黒の竜の方に首を動かす。


『ク…ラ、イ……あい、し、ていま……す……』


 静波の瞳は、ゆっくりと閉じた……その顔は、紛れもなく瑠璃自身の顔……

 

 静波の体を抱くように、漆黒の竜がとぐろを巻いた……漆黒の竜の体に、静波の血がぬらぬらと纏わりついていく……


 銀の瞳から、涙が零れた……



 なに……この夢……リアルすぎ……怖過ぎだし……





 瑠璃は、夕日が差し込む保健室で目覚めた。

「あっ、目さめたんだっ。大丈夫か? ずっと寝てたんだぞ」

 幼なじみの清が、ベットの横の椅子に座っていた。

「きよし……何してんの……」

 清はニコッと笑った。

「瑠璃を待ってるに決まってるじゃん。もう、授業終わってるし、一緒に帰ろう……家まで送るからさ」

 瑠璃はベットからおりると、シューズを履いて歩き出す。足元がフワフワと心許無い。

「寝すぎたかな……何か、体が変な感じ……、清……送って、一人で帰るの怖いから……」

 いつもなら言わない弱音……、体がおかしいからと言うより、さっきの夢が怖いから、思わず出た言葉だったかもしれなかった。

 夢の中の静波の顔は、自分に瓜二つだった……夢の中の水崎は静波を愛し、静波も水崎を愛していた……水崎が変化した漆黒の竜……静波が自らの胸を裂い取り出した瑠璃色の玉……喰われてしまった静波の腕と瑠璃色の玉……静波の血の海に体を沈める漆黒の竜……

 瑠璃の頭の中で、全ての事が鮮明に甦る……なぜか、自分は知っているのだと思った……


『愛している……』


 水崎の声が聞こえた気がして振り返った先には、清が立っていた。

「行こっか、瑠璃。ほら、カバンも持ってきたから」

 嬉しそうに微笑む清に、背中を押されながら、瑠璃は保健室を後にした。


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