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クライ  作者: 海来
18/30

[18] 上出来だな

 外灯に浮かび上がった父の顔は、複雑に歪んでいた。素早く動いた父は、瑠璃の手を取り自分の方へ引っ張った。

「お前は誰だっ」

 強張った声で父は九来に言った。瑠璃が見た父の顔は、怒りと不安がない交ぜになった様な不思議な顔だった。

「パパ、水崎九来くん。高校のクラスメイトなの」

 九来が、スッと頭を下げた。

「水崎です。はじめまして」

 父は、九来を睨んだまま何も答えようとも、挨拶を返そうともしない。

「瑠璃、帰ろうっ」

 そう言うと、父親は瑠璃の手を引いて家へと向かった。

 瑠璃は、何度も振り返りながら九来の姿を見つめることしかできなかった。



 家に辿り着くと、父親はリビングのソファーに瑠璃を座らせ、じっと睨み付けてきた。

「瑠璃、どう言うことだっ。清君の所へ行くといって出たんじゃなかったかっ、病院に迎えに行ってもお前は来ていないと言うし、探したんだぞ……崩れた海岸の洞窟にまた出掛けたのかと……おばーちゃんの家にでも行ったのかと、心配で……」

 父が何を心配しているのか、瑠璃にははっきりとは分らなかった。

「清の所に行かなかったのは悪いと思うけど……何がそんなに心配なの?」

 父親は、首を振りながら溜め息を付いた。

「昔、おばーちゃんが……お前におかしなことを言って惑わせていたことぐらい知っている……小さかったお前は、おばーちゃんの家に行くたびにうなされたものだ……変な宗教にのめり込んで……お前を特別扱いしていた、あの宗教家たち……パパは、それが嫌であの家を出て、此処に家を建てたんだっ」

「だから何っおばーちゃんは亡くなったし、もう関係ないでしょっ」

 瑠璃は、祖母ののめり込んでいた宗教の正体も、九来との関係も、全てを承知の上で父に知られることを恐れた。

「もう関係のないことで、怒られたくないっ」

「関係なくないっ今日の洞窟の崩落で、おばーちゃんの家の地下の洞窟部屋まで崩れたんだ……そして、そこに……あの家に、お前の鞄があった……さっき、警察から連絡を貰った……お前たちは、あそこで何をしていたっ。あの水崎と言う男子は、何処の家の子だっ聞いたこともないぞっ」

 瑠璃は一瞬言葉につまった。父親にも、そばで見つめていた母親にも、その一瞬の瑠璃の沈黙だけで、娘が何かを隠していることは簡単に想像できてしまった。

「何を隠しているっ、瑠璃っ話しなさい……これ以上、心配をかけるなっお隣の清君にあんな怪我までさせて、お前は何をしようとしている……あの宗教に関係のあることなのか? あの水崎って奴は、あの宗教の信者なんじゃないかっ?」

 瑠璃は、父と母を交互に見ながらポカンと口を開けていた。両親はきっと、自分がもう一度祖母のしていた宗教を始めようとしているとでも思っているのだろうと、あまりの現実とのかけ離れた両親の想像に、返す言葉が見つからなかった。

「瑠璃っ、黙ってないで何とか言いなさいっ」

 鬼の様な形相で、父親が瑠璃に迫ったとき、リビングのドアがいきなり開いた。

 両親は振り返りざま、身を硬くして動かなくなった。

 瑠璃は、ドアの陰から出てきた九来と視線を合わせた。

「九来……」

 九来は、顔に手を当てたまま考えるように、溜息をついた。

「やっぱり、瑠璃の言うようにしないといけないのかもしれない……」

 瑠璃は両親の顔を覗き込むようにしながら、九来の傍にやってきた。唸るように顔をしかめている九来の顔から、その手を引き剥がした。

「そんなにがっかりしないでよっ……九来の事も疑ってるし、あの宗教と繋げて考えられたら、これから何もかもやりにくくなるわ……実際に、あなたには戸籍もなければ何もないんだもん……このままじゃ、彼氏ですとも言えないっ」

 九来は困ったように眉間にしわを寄せながら、瑠璃の両親に視線を向けた。

「今夜はとりあえず眠ってもらおう……明日までに、どうするかを決めなきゃならないけどな……」

 九来が、手をあげると瑠璃の両親は揃って歩きはじめ階段を昇って寝室へと向かった。

 寝室に入って、ベットの中で寝息を立て始めたのを確認すると、瑠璃はハァ〜っと息を吐き出した。

「明日の朝、ママは自分がどうして服を着たままで、メイクも落さないで眠ってしまったのか不思議に思うでしょうね……」

 九来が不思議そうに首を傾げた。

「そんな事はないだろう……昨日と同じでも、私は何もおかしいとは思わない……」

 瑠璃は呆れたように九来を見た。

「現代の生活じゃ、毎日お風呂に入って、女性はお化粧を落として、寝るときにはパジャマを着て、ベットか布団の上で寝るの……朝起きて、服を着たまま寝たと分かった時は、自分は何を仕出かしたのかと不安になるものなの……」

「面倒なものなんだな……今の世の人と言うのは……」

「ねっ九来……あなた、お風呂に入ったことあるの?」

「いいや……風呂とは体を洗うところの事なのは知ってるが、私の時代は皆が川で体を洗っていたから……銀竜が入り込んでからは、体が汚れるという事はなかった、というか汚れてもいつの間にかキレイになっていた」

 瑠璃が悪戯っ子のような顔になった。

「ふーん、でも銀竜はもういないのよっお風呂に入って、服を着替えないと臭くなるわ。お風呂に入れて、服を着替えられる生活が出来なきゃ困るのよ、やっぱり」

 瑠璃の片方の眉がクイッと上がるのを見ながら、九来は大きな溜め息を付いた。

「お前が、他の玉を抱く者と全く違うのは分かっていた……しかし、私を人として目覚めさせてくれた力は、計り知れない……」

 九来は、笑いながら、怖くなってきたと呟いた。








「でっ何で来てんだよっ」

 清は、ベットの上で仰向けになって天井から足を吊った状態で、小さく毒づいていた。

「真夜中に、怪我人にめんどくさい相談に来るなよっ自分たちで考えろっ」

 病院の3階の窓から、九来が瑠璃を抱いて入ってきた時には、清は肝を潰した。窓が勝手に開いて、そこから黒い影が入ってきたと思ったら、それが瑠璃を抱いた九来だったのだ。

 目的は、当然これから九来が人間として暮らしていくために、どの様にまわりの人間の記憶を操作し、戸籍を作り上げるかという相談だった。

「俺は、普通の高校生だっそんな事……相談されて、も……あ〜分かったよっ考えりゃいいんだろっ考えりゃっ」

 反論しようとしたら、途端に瑠璃の目から涙が零れた。清は昔から瑠璃に泣かれるのが苦手だった。普段気の強い瑠璃が泣いたら、どの様に接していいか分からなくなるからだ。

 ちょっと待ってろと清は言って、そのまま目を閉じてしまった。しばらく目を開けることなくジッとしている。

「ねえ、清、寝てるんじゃないでしょうねっ私達は真剣にっ」

 清が目を開けた。

「うるせーよっ寝てるわけねーだろ。ちゃんと考えてたさ……水崎……いや、九来は戸籍もなけりゃ金もないし、家もなけりゃ親もいない……って事は、ないものを全部補わなきゃならないってことだろ。だったら、どっかの家の息子になるのが手っ取り早い」

 瑠璃がニッコリ笑った。

「じゃあ、うちの家の子供になればいいわっ問題解決よっ」

 清がしらっとした顔で瑠璃を睨んだ。

「あのな、それじゃあ兄弟になるじゃねーかっ。将来、結婚って選択はなくなる」

「そんな事ないわっまた、その時に別の事を考えればいいだけじゃない」

 清は、黙って九来を見つめたあと、直ぐ横に肘を突いて自分を見ている瑠璃の頬をつねった。

「いったっ何するのよっバカっ」

「バカはお前だっ。九来の気にしてる事が分からないのかっ何度も誰かの記憶を書き換えたりしたくないんだよ……それって、その人の人生を変えることになるんだぞっ……自分の人生を変えられてしまった九来には、やりたくない事なんじゃねーのか?」

 瑠璃ははっとした。九来がどうして瑠璃の提案した案を素直に受け入れてくれなかったのか、父親が可笑しな事をいい始めるまで乗り気でなかった理由が、分かっていなかったと、この時、清に言われるまで気づいていなかった瑠璃だった。

「ごめんね……九来……それで嫌がってたんだ……」

 九来は小さく笑いながら首を振った。

「いいや、どんなにキレイ事を言っても、やることは同じだ。周りの記憶を操作しなければ、私は瑠璃とは一緒にいられない……でも、もう離れることなど考えられない……」

 眼を伏せた、九来の瞳に影が出来た。

「気にするなって……息子が増えて嬉しい事もあるかも知んないだろっ……ん?……待てよ、そういえば昔っから、瑠璃の親父さん息子が欲しかったって、うちの親父にこぼしてたよな……でも、兄弟じゃマズイし……」

 瑠璃と九来が、揃って清を見つめた。

「上出来だな……」

 そう呟いて、清が笑った。


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