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クライ  作者: 海来
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[15] 海神の眷属

 瑠璃は自分の中の海月を消し去るために、まずは九来の手を強く握った。彼の助けが欲しいと思う……九来と心が繋がっているのだと、そう感じられる何かが欲しかった。

 もとから冷たい九来の手は、生きているのかどうかも分らないほど、いつも通りに冷たい。

「九来……力を貸して……」

 強く握った九来の手を意識しながら、瑠璃は自分の心のなかに念じ始めた。


『私の身体は、私自身のもの。私の身体は、私自身のもの……』


『この身体は、ママが産んでくれた大切なもの。この身体は、この心は、ママとパパが二人で一緒に大切に慈しんで育ててくれた、大事な大事なもの』


『この身体は、この心は、いろんなものを見て、感じて、育ててきた、私自身の大事なもの』


『大切なものをたくさん持っている、私自身のものだ』


『誰にもやれないっ、渡さないっ……九来と共に生きる以外、誰にも渡さない』


『九来と共に、人として生きる。その為に、この身体は誰にもやらないっ』


『海月っ、あんんたみたいな、九来を最後の最後で裏切った女に、この身体は絶対にやらないのっ』



 瑠璃の中で、何かがざわめく様な感じがする。切なく疼くような感覚……海月の嘆くような声が聞こえる。


『最後の最後で裏切った? 裏切ったのは私ではないっクライが裏切った。クライしか想ってこなかった私を、連れて行ってくれなかった……裏切ったのはクライだ』


 海月の答えに、瑠璃は声に出してはっきりと答えた。隣の崩れた洞窟にいる九来に聞こえてくれと祈りながら、ゆっくりと答えた。


「いいえ、あなたは自分の力を使って見ることができた静波と九来の姿に嫉妬しただけ。自分も静波のように愛されたいと思っただけっ。あなたは、静波を喰らいつくし、たった一人で何千年もの時を生きてきた九来の心を、悲しみを考えたことがあるのっ……あなたは、愛されたいと願うことばかりっ、九来を愛し尽くすことなど考えもしなかった。そうじゃないのっ」


『愛していた……だから、九来に……静波のように……』


「ほらっ……、私は違うはっ、静波との記憶ごと、九来を愛するって決めたの。九来が人として心を取り戻して生きて行けることを願うわっ……この身体が朽ち果てるまで、私は九来と共に生きるっ……だから、出て行きなさいっ、私の身体から、出て行けっ!!!!」


 瑠璃がそう叫んだ瞬間に、胸の谷間の瑠璃色の光は大きく膨らんで、瑠璃の身体を包み込んだ。瑠璃の手を伝って、九来の腕も輝かせる。

 隣の崩れた洞窟からも、瑠璃色の輝きが見える。

 瑠璃の身体はブルブルと震え、見開いた瞳まで瑠璃色に輝いていた。

「瑠璃……おい……るりっ!!」

 清が、瑠璃の隣で叫んだ。

「水崎っ九来っ瑠璃をっ瑠璃を助けてくれっ!!! 目を覚ませっお前は死んでなんかないんだろうっお前が助けなくて、誰が瑠璃を助けるんだよっ!!」

 清は、震える手で、九来の手を握っている瑠璃の手に、自分の手も重ねて強く握った。清は不安だった……このまま瑠璃がおかしくなってしまうのではないかと思った。

 自分が変な仮説を立てたが為に、瑠璃は最も危険な賭けに出たのではないだろうか。自分の心の中に入り込んでいる異質なものを、無理に排除するなどできるだろうか。

 暗闇の中、瑠璃から発せられる瑠璃色の輝きに照らされて、清は泣きたくなっていた。

 その時、清が握っていた瑠璃の手が動いた。いや、瑠璃の手が動いたのではない、九来の手が動いていた。その手は、しっかりと瑠璃と清の手を握り返してきた。

「瑠璃は、私が助ける……」

 九来の声が聞こえてきたと同時に、小さな穴から亀裂が走った。轟音と共に大きな壁が崩れる。清は、空いている方の腕で、瑠璃を庇おうと手を伸ばすが、到底届く事はなかった。

「瑠璃っ!!!」

 清は叫びながら、ふと自分たちの周りにだけ岩が落ちてこない事に気づいた。瑠璃色の輝きが、二人を包み込み、奥にある崩れた壁の向こうから出てきた九来が被さる。

「起こしてくれてありがう、清」

 壁が崩れる轟音の中、清の耳にそれだけがはっきりと聞こえた。








 もうもうと立ち込める粉塵の中、清はまだ瑠璃色の輝きの中にいた。勿論、瑠璃も一緒だ。

 目を細めて瑠璃を見つめる。瑠璃は消耗しきったようにうな垂れていた。その体を、九来がしっかりと抱えている。

 粉塵がおさまると、そこは暗闇ではなく、薄暗いが入り口の見える洞窟なのが分かる。九来が住んでいる祠に続いていた壁まで崩れてしまったのだろう。

 だらりと腕をたらしたまま九来に抱かれている瑠璃を、清は不安げに見つめていた。いまだに瑠璃から発せられる光は、その勢いを衰えさせる事なく輝き続けている。

 九来は、清が見ている目の前で、瑠璃の服を少し引き裂いて、その光の根源である瑠璃の胸の谷間にある瑠璃玉に口づけた。

 清は、思わず息を詰めた。

「瑠璃……目覚めて……愛している……この身をかけて、これからもお前を守ると誓う。この瑠璃玉も、お前も決して喰らう事などない。この身は人になれなくとも、心は人として生きよう……それでこの身が、朽果てるなら……それでも構わない……瑠璃、目を覚まして……」


 瑠璃が九来の腕の中で身じろぐ。


 それを感じて、九来は今度は瑠璃の唇に、自分のそれを重ねた。


 優しく、そして深く……


 瑠璃そのものを包み込むような、心を震わせるような口づけ……


 何千年……この時を待っていたのだろう……たった一人の人を……愛し、守りたいと思える、この瞬間……忘れていた人の心……


 この女が、愛しくてたまらない……


 瑠璃の腕が、ゆっくりと持ち上がる……その腕が、九来の首に回され、しっかりと巻きついた


「愛してる……もう放さないで……ずっと一緒……この身が朽果てるまで……あなたと共に……」


 瑠璃が、九来に唇を合わせ舌を絡めた……もっと深く繋がりたいと……心が叫んでいた……


 



 清が真っ赤な顔のまま、涙を流していた。自分が恋していた瑠璃が、他の男と口づけているというのに、清の心は、今、感動していた。

 こんなにも、お互いを欲し、こんなにも美しい交わりはないと感じた……体を繋げているわけではないのに、二人は今、一つに見えた。


 溶け合うように、一つに見えた……


 二人を見詰めていた清の視界に、瑠璃色の光と、銀色の光が交じり合うように二人から昇って行くのが見えた。


 二人をぐるっ巻き込むように……そこに現れたのは……


 銀竜……


 真っ赤な舌をチロチロと出し、鋭い牙を剥いている、獰猛そうな姿に、清は全身から冷や汗を噴出した。




「瑠璃っ水崎っ!! 危ないっ」

 清の声に、二人が清に顔を向け、自分たちの周りにとぐろを巻く銀のウロコを見つけた。

 瑠璃は、叫びながら九来にしがみ付き、九来は直ぐに身構えた。


『怖がる事はないだろう……俺は、何千年も、お前の中にいたんだからな、クライ』


「私の中に……銀竜が……どういうことだ……お前は水神なのか……」


 太く長い大蛇のような胴体を、銀のウロコに覆われた獰猛そうな銀竜は、小さく畳んだ羽を少しだけ動かして見せた。

 ついでにとでも言う様に、鉤爪をかちゃかちゃと鳴らした。


『水神? 違うな』


「では、お前が闇なのかっ」


『いや、闇は俺の中にある……というより、俺が喰らってしまったってところだがな……』


「闇を、喰らった?」


『俺は、海神の眷属。水の銀竜……その昔、天界から神々の目を盗んで、この海に降りてきた……ところがだ、そこにそれは美しい闇の黒竜がいた。人で言うなら、俺は恋をしたんだ……だが、あいにく俺は竜なんでね、相手の黒竜を喰らっちまった……』


「闇を喰らうって、一体全体、何がどうなってるんだ……」


『昔はな、天界も魔界もこの世界を通じて繋がっていた。たまに、ここに下りてくると魔界のものに出会う事がある……だが、取り決めによってお互いに、拘らないことになっていた……妖精や妖魔の小競り合いはあっても、俺達のような高位の者には、小競り合いすら許されてはいなかった。なのに、俺は闇の黒竜を喰らっちまった……神々は、魔王の要求を呑んで、眷属である俺を、水晶に閉じ込め、この世界に落としたんだ……闇をこの身に閉じ込めたままな……』


「それを、静波のような巫女達が、守っていたというのか……」


『ああ、俺が逃げない為に、俺を静める瑠璃玉を持たせた。俺も後悔したよ、どれだけ美しくても、闇の黒竜なんて喰らうんじゃなかったってな……』


 その時、九来と銀竜の話に瑠璃が口を挟んだ。

「舐めてんじゃないわよっ!!! このバカ竜っ」

 

 バシッ


『…………』


 瑠璃は、銀竜の鼻面を思いっきり殴っていた。








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