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クライ  作者: 海来
14/30

[14] 離れ離れ

 九来が、瑠璃と清の周りから少しずつ岩を移動し始めた。ゆっくりと慎重に他の岩に影響を及ぼさないように移していく。

 自分の背中で持ち堪えている岩は、とても大きいのに、それを動かそうとはしないで、脂汗を流しながら妖力を使い必死に周りの岩をどけていく姿を、瑠璃は清を庇うように被さりながら黙って見つめていた。

 九来の足元に少しの空間が生まれた、そこは別の場所へと続いているようだ。

「瑠璃……ここから隣を見てくれないか……移っても安全なようなら、そのまま移動しろっ」

 瑠璃は頷きながら少しずつ九来の足元に近寄った。瑠璃は九来の腰の辺りから隣の空間を覗き見た。九来が青い光で照らしているのだろう、中は小さな部屋になっていて崩れてはいないことが分かる。だが、九来が支えている方の側だけが、壁に亀裂が入っている。

「大丈夫みたい……でも、清と九来はどうするの?」

「瑠璃が先に入ってくれ、清は私がその穴を通してみる……向こう側から瑠璃が引っ張ってくれると助かる……」

 瑠璃は、その言葉どおり先に隣に移った。穴を覗いて九来がどうやって清を移動させるのか見ようと屈み込んだ。

 暗い洞窟の岩に押し潰されそうな狭い空間で、清の身体がほんの少し浮かび上がる。そのまま、九来の足元から空いた穴をめがけて清の身体が移動してくる。

 その時、瑠璃は疑問を抱いた。この後、九来はどうするのだろうと……九来が背中で支えている大きな岩は、それ自体が大きな壁であるばかりか、きっと洞窟に直接繋がっている岩だろうと思う。

 九来はどうやってこっちに来るのだろう……瑠璃が不安に思っていると、清の頭が穴を抜けて瑠璃の前に現れた。瑠璃は考え事を中断して、清の頭を引き、肩が入ってくると脇の下に手を挟み込んで部屋の中に引き込んだ。宙を浮いていた清の身体は、瑠璃一人の力でも簡単に引き込むことができた。その後、ゆっくりと清の身体は床に降りて行った。


 ミシッメキッ


 瑠璃の背後で大きな音がした。

 今まで自分たちがいた場所からした奇妙な音に、瑠璃ははっとして振り返る。今通ってきたばかりの壁が、音を立ててピタリと自分たちのいる部屋に合わさった。

 亀裂は修復されていく、見る見るうちにしっかりとした壁に戻って行った。

 自分と清が抜けてきた穴だけが、小さく空いていた。瑠璃はその穴に体を入れると元の場所に戻ろうと体をひねった。

「瑠璃っ戻ってくるなっ……あまり、長い時間は持ちこたえられない……お前は向こうの部屋にいろ、あっちは完全にこちら側と切り離したから……安全だっ、戻れっ」

 だんだん薄くなる青い光の中、九来の顔が苦痛に歪んでいた。

「九来は? どうやってコッチに来るのっ」

 暗闇の中、九来の口元が笑った気がした。

「行けない……私の妖力も残り少ない……さっき海月に奪われたからな……これでも、頑張った……これ以上は無理かな……この小さ穴を潜る力もない……」

 九来がそう言った時、瑠璃の背中にパラパラと石が落ちてきた。

「瑠璃、戻れっこの穴も、きっと塞がってしまうから……」

 九来はそう言うと、瑠璃の体を無理やりに、清のいる部屋に押し戻した。その直ぐ後に、今度はもう少し大きな石が崩れてきた。

 今は、瑠璃の頭も通ることの出来ない小さな穴になってしまった。

「九来っ九来っ……」

 瑠璃は、その穴に必死で手を伸ばし、九来の足を掴んだ。

「九来っ私が助けるからっ」

 そう言った瑠璃は、さっき落ちてきた石や岩を取り除き始めた。女の子の力には余るほど重いものもあるし、暗闇の中の作業は思いのほかはかどらない。

 必死に続けるうちに、瑠璃の指先からも、腕の怪我からも出血し始めていた。痛みに呻きながらも、瑠璃は一生懸命に作業を続ける。

 その時、瑠璃の手を大きな九来の手が握り締めた。

「瑠璃……もういいから……もう一箇所、壁を壊さないと外には出られない。その時の為に、瑠璃の体力を取っておかないと、清は気を失ったままだし……二人とも怪我をしてるから、早くここを出ないと……」

 九来の声に精気がなくなってきている。瑠璃は九来の手を振り解いて、今一度必死になって穴を大きくするために岩をどかせ始めた。

「九来っ九来っお願いっそこから出てきて……私と一緒にいてっ一人じゃ無理だよっこんな所から出られないっ出たって九来がいなきゃっダメなのっ」

「心配ない……私は人ではないから……しばらく休めば、力も回復す……」

 九来の言葉が途切れた。

「くら、い? ねっどうしたの……九来っ返事して……くらーい!!!」

「うっせーぞ、瑠璃……手伝ってやるから、水崎を助け出そう……」

 いつの間にか、清が瑠璃の横に這ってきていた。

「ん? お前、胸ントコ何? 光ってんじゃん……これか、この辺りだけ明るかった理由。お前、ちょうちんアンコウみたいだなっ」

 清に言われて見た胸の谷間は、今までで一番輝いていた。

 そういえば、さっきこの壁を崩してしまったのは、この瑠璃玉から出た光だった。なぜ、瑠璃玉は壁を壊し、九来を窮地に陥れるような事をしたのだろう。

 必死に手を動かしながら、横にいる清に聞いてみる。

「これが瑠璃玉なんだよ、九来はこれを食べて生きてきた。いわば九来にとっての命綱。なのに、さっきこれから光が出てきて、この壁を崩しちゃったの。何でだろう……私達を押しつぶすみたいに崩れてきた……」

 清も横になったまま、手を動かして考えている。しばらく何も言わない。

「瑠璃……お前、そっちの洞窟から出たかったんじゃねーの?」

「ウン……だって、早く出たいよ……清も怪我が酷いし、隣の部屋は、月光教が使ってた……その前は、大昔に静波が水神の水晶を守ってたの……だから……」

 清が訳知り顔で頷く。

「その瑠璃玉って、瑠璃の願いを聞いてくれるんじゃねーの?」

「えっ?」

 瑠璃は、納得出来ないように首を振った。

「そんなはずないよっ、私は九来を押し潰そうなんて思ってないし、九来が助けてくれなかったら、私も清ももう生きてないよっそんな事願ったりするはずないじゃんっ」

 清は、瑠璃の胸の谷間の光をじっと見つめた。

「でも、お前の中に、ひねくれた女がいるだろ……何も企んでないはずないって……」

 清の言葉に、瑠璃は自分の胸の谷間を押さえた。笑い声が聞こえてきそうだった。

 不安に駆られながら、瑠璃は少し大きくなった穴に手を差し込んで、九来の体を探した。

 さっきまで握っていた手を、瑠璃は見つけた。そっと握ってみるが反応はない。

「九来……死なないで……」

「死なないだろう……そいつは」

 瑠璃は清をキッと睨んだ。

「そんな事分からないよっ。だって、九来は私の瑠璃玉を食べてないんだよ……死んじゃうかもしれない……」







 瑠璃は、自分の中の海月を押さえ込んで置ける方法は無いものかと溜め息を付いた。九来の手を握ったまま、胸に手をあて俯いていた。

「なあ、瑠璃……お前、お祖母ちゃんに何か言われた事とかないの? 確かに海月ってのはお前の前世だったのかもしれないけど、だからって、お前の体の中に入れるわけねーじゃん。もう死んでるんだぜ。霊力が強かったつっても、人間だし……何らかの方法がないと、無理なんじゃねーの?」

 瑠璃は眉間にしわを寄せ、思い出そうとした。必死の思いで、自分の頭の中を探ろうとする、きんきんと音が鳴るような感覚に、頭痛までしてきた。

 祖母の声が聞こえる……


『瑠璃、お前は巫女様を受け入れる身じゃ、キレイなままおらんといかん』


『ババと一緒に、毎日、御神体様に拝もうなっ。さあ、ババの言うとおり言ってごらん……』


『海月の巫女よ、この身に。海月の巫女よ、この身に……この身は、海月の巫女のものなり。この身は、海月の巫女のものなり……』


『拝んでいる事は、秘密じゃ……お前も、忘れておいで……』


『覚えていてはいけないよ……海月様が機嫌を損ねられる……大切な巫女様なのだから』


『瑠璃は、その身を捧げればいい。さっ毎日、頑張ろうな……』




 瑠璃の瞳から大きな涙が零れ落ちた。大好きだった祖母は、自分の孫を海月を受け入れる器の様にしか思っていなかった。

 忘れていたと言うより、忘れさせられていた。瑠璃が覚えていては海月は入り込みにくかったのだろうか。祖母は、瑠璃の記憶を消そうとしていた。









「お前のお祖母ちゃん、あの離れに俺を入れたくないはずだな……そんな事してんじゃさ。そういえば、お前より先にいっつも帰らされたよな」

 清は、けっと言いながら、また一つ小さな石をどけた。着実に、穴は大きくなり始めていた。

「言霊……水崎が言ってたよな……繰り返される事によって力を持つんだって……それだ、それを使って、お前の中に、海月を受け入れる基盤を作ったんだよっ」

 瑠璃の瞳が、くっとキツクなって唇を噛んだ。

「それならっ、その基盤、私が壊してやるっ海月なんか追い出してやるんだからっ見てなさいよっ!!!」


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