[11] 協力
「それでも、信じてほしい……清には信じてほしいっ」
清は、目の前に立っている瑠璃と、九来を食い入るように見つめている。
明け方になって瑠璃は自宅へ戻った。朝起きてきた母は、元通りの世話焼きで朗らかな母だった。その様子を見て、九来が約束を守ってくれたことを確認できた。
今は、清と向かいあっていた。清の件は周りの人間は、事件のことなど何も覚えてはいないが、清自身の記憶はそのままにしてあった。九来のことも、自分が瑠璃にしたことも、勿論、九来にはめられた事実も、全てを清には覚えていてもらうことにしていた。
それは、瑠璃にとって清が一番信頼できる友達であったからだ。全てを覚えていて、なお、九来と瑠璃を助ける力になってほしいと望んだ。
勿論、清の瑠璃への気持ちを知った上でだ。清には辛い事だとは分かっていたが、清以外に頼める相手はいなかった。
「こいつが、人間じゃない……それは、なんとなく感じてた。魔法みたいなものを使う、初めて会ったときも、俺を教室まで飛ばしたろ」
清が九来を睨んだ。
「ああ、ある程度の事はできる……お前に対して、いらぬ事を企んだ……済まないと思っている……でも、瑠璃を助けてやって欲しい……私の中の何かから……」
清の顔に、明らかに怒りが沸き上がった。
「お前の中の何かが危険ならっ、お前がどこかに行けばいいだろうっ! なんで瑠璃に付きまとうんだっお前がいなくなれば、元通りになる。消えろっ!!」
清の怒りは収まる事がないようだった。益々顔を紅くしながら、肩で息をしている。
瑠璃が、清の肩に手をおいて、宥めるように叩く。
「九来は何処にもいけない……私達には想像もできない程の長い何千年もの時を、ここで過ごしてきたの……たった一人で。私は九来に、人だった頃と同じ様に暮らしてほしい……だから、九来の中の何者かをつきとめて、九来から追い出したい……力になって、清……」
自分の肩に置かれた瑠璃の手を、清は握りしめて俯いた。
「瑠璃……お前は結構、残酷だったんだな……俺は、お前を……」
瑠璃の手が、清の手を握り返した。
「ごめん……でも、清は私にとって、最強の幼馴染みなんだよっカレカノにはなれなくても、二人は最強の組み合わせだよ。それは、九来にも引き離す事はできない……清は、私の大切なものだから」
清は、小さく頷いた。
「分かった……瑠璃を助ける……お前を殺させたりしないっ、水崎っ俺はお前の中の奴から瑠璃を守るっ!!! お前も、自分の中の奴と戦えっ、瑠璃は失いたくない大切なものなんだろうっ」
自分を睨む真っ直ぐな清の視線を、九来はしっかりと受け止めた。
「決して、失いたくない……」
そう言った九来は、清に深く頭を下げた。
その姿を見て、清は面食らうばかりだった、知り合ってからの九来から、想像する事の出来ない姿。こんなに彼を変えたのは、瑠璃への想いなのか……それとも、もともと人だった頃はこんなタイプの人間だったのだろうか……
「もっいいって、協力すっから……頭上げろって。……でも、何からやればいいんだ? 今のトコ分かってる事も少なそうだしな……」
瑠璃が両手を合わせて清を拝んだ。
「だから、余計に清が頼りなんじゃないっ……私の頭じゃ解決できないよ。清の頭脳を貸して……」
清は、大きな溜め息を漏らした。
「そうきたか……困った時は、いつでも俺を頼るんだから、瑠璃も少しは自分の頭使えよなっ」
瑠璃はポリポリと頭を掻きながら微笑んだ。
「今回は、頑張ってみます……」
「期待せずに、待ってるよ……まっ取り合えず、何かを調べたきゃ、図書館かインターネット検索っしょ……」
今日が土曜日だった事は、三人にとって有りがたい事だった。平日なら、学校に行かないわけにはいかない、瑠璃と清は、こうして隣の大きな市まで来て、図書館にいる事は出来なかっただろう。
まずは、清の家でインターネット検索をしたが、情報などあるはずもなかった。
でも、この近辺の神話や伝承などの書籍が存在する事だけは分かった。その書籍を探しに、この図書館までやってきた。大量の蔵書の中から、館内サービスの書籍検索で書籍を何冊か集めてきて、三人で読んでいるところだ。
「こっこれ! 九来がいる祠じゃないの……」
瑠璃が指したページには、水神の祠の伝承が載っていた。
「やっぱり、静波は水神を祀る巫女だったんだね……海月もそうだったの?」
「ああ、二人ともそうだった……昔の水神の巫女は、瑠璃玉を持って生まれ、握っていた瑠璃玉はいつの間にか体の中に取り込まれる。玉を持って生まれた娘だけが巫女になれた。でも、静波の後には、瑠璃玉を持って生まれる娘はいなくなった……巫女は、玉を抱くものに替わったのかもしれん……」
清は、本を食い入るように見ている。文字を辿り、何かヒントがないかと探しているのだろう。
「でも、海月は巫女だったって言ったじゃないっ」
「あの女は、霊力が恐ろしく強かった。村の人間はそれに気づいて、巫女の再来と崇めたんだ。海が時化れば海月に祈祷させ、波が襲って来そうな日には鎮めの儀式をさせていた。それをあの女が、すべて叶えてやっていたのは、私にも不思議だった。海月は、ある種、神の様に扱われていた……」
瑠璃が、九来をちらっと見た。何となく、怒っているような雰囲気だった。
「海月の事、よく知ってるんだっあんな女とか言って、結構、気に入ってたりなんかしてねっ」
九来は、不思議なものでも見るように瑠璃を見つめた。
「瑠璃? どうかしたのか。何か、機嫌が悪いみたいだ……」
瑠璃の顔が、真っ赤になった。
「機嫌なんか悪くないわよ……ただ、海月のことよく知ってるなって……」
九来は、ふーんと言いながら、首を傾げている。
「海月だけじゃない……玉を持つものの事は、気に掛けていた。と言っても、瑠璃玉を気に掛けていたと言う事なんだろうが……ただ、海月は強い霊力で、私と静波の事も知っていたから、よく覚えているだけだ。結構、手こずらされた……」
「ふーん……でも、その人の生まれ変わりなんだよね……私って……」
「ああ、雰囲気は全く違うがな……海月は、凛としていて聡明な感じのする女だった」
「どう言う意味よそれっ!」
その時、清がばんっと本を叩いた。
「ここっ! 月光教……これって千年ほど昔にあった宗教らしい……この宗教が、祠を祀っていたって書いてある……これって、海月って巫女さんの宗教なんじゃねーか……」
三人は顔を見合わせた。清が、小さな声で呟いた。
「この宗教は、細々とだが最近まで受け継がれていた……そう書いてある……」
瑠璃が弾かれたように席から立ち上がった。
「うちの、おばーちゃん……仏壇の横に、もう一つ細長い箱みたいなものを置いてて……中に竜の置物が……それを、毎日、朝晩と拝んでた……」
「私は……竜だ……」
九来が、目を細めて眉を寄せた。清は何か考えていたようだが、ぱっと顔を上げた。
「瑠璃んとこのばーちゃんって、お父さんのだよな。お母さんは別の県の出身だって聞いてる。ばーちゃんの家って、俺達、小さい頃、よく遊びに行った家だろ?」
「うん……今は、誰も住んでないから、ボロボロだよ。あそこは波が高くなると危ないからって、パパは今の所に家建てたんだもん」
「あの時のままかな……」
「大事なものは、今の家に持ってきたけど……うん、仏壇は持ってきて、毎日ママがお水やご飯を供えてる……でも、竜の置物なんて見たことない……」
取り合えずっと言いながら、清も立ち上がった。
「この本の中に、まだ何か書いてあるかもしれないし、コッチの本と一緒に借りて、今日は町に戻ってから、ボロ屋探検にいくかっ、ほらっこれ持って」
清は、重たそうな本を、三冊とも九来の胸に押し当てて、ニヤッと笑った。
「俺より、力持ちだろ? たぶん」
「ああ、多分……」
そう言って、見詰め合っている九来と清を、瑠璃は嬉しそうに見ていた。