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クライ  作者: 海来
10/30

[10] 何かいる

 瑠璃は、涙に濡れる九来の瞳を見つめる。黒い瞳は、永遠と言うほど長い年月をたった一人で過ごしてきた、空虚が写っているように感じられた。

「っわからない……あんたが過ごしてきた時を、理解することはできない。でも……九来が人間だった記憶まで、失くしてしまうのはおかしい……大切なものを否定するような生き方はおかしい……」

 瑠璃の言葉を聞いていた九来は、すっとその身を放して立ち上がった。

「この身に闇を封じ込め……人であった記憶まで持っていろと……なにが言いたい……人の記憶でもあれば、私が情けをかけるなどと思っているのかっ愚かな……」

 瑠璃は、自分に背を向けながら俯いている九来を、ただじっと見つめていた。その背を抱いて、癒して上げることができれば、どんなにいいだろう……その身に閉じこめた闇を消してやれたら……

 瑠璃は九来を見つめながら、涙が零れ落ちるのを止められなかった。立ち上がって、そっと九来の後ろに近寄った。

 腕を伸ばして抱えた、その背中はわずかに震えているようだった。

「情けを掛けてくれるんなら……掛けて欲しいよ……お母さんも元のお母さんに戻して欲しい。清の事も……あんな事があったなんて誰の記憶からも消して欲しい……九来には出来るんでしょう」

 九来は、はんっと言って首を振った。

「出来る……でも、する気はない。私はお前の全てが欲しい……お前にとって大切なのは私だけにならなければ意味がない……邪魔なんだよ、お前の家族も友人も、幼馴染もな」

 そう言いながら、九来は自分を抱きしめる瑠璃の腕を握りしめた。

 握られて腕をそのままに、もっと力強く九来を抱きしめた瑠璃だった。なぜ、自分が九来を抱きしめていたいのか、なぜ憎いはずの九来を切ないほどに想うのか、瑠璃には分からない。

 過去の玉を抱く者達の記憶なのか……静波の記憶なのか……もう、どうでも良かった。なぜか、心の底から九来を愛しいと想う。でも、このままの九来に、自分の全てを捧げるつもりはなかった。

「九来……私は、あんたが好きなのかもしれない……愛してるなんて分からない……でもね、私はあんたの過去も、あんたが人じゃないって事も、闇を体の中に閉じ込めてるって事も、全部ひっくるめて……好きでいられるよっ」

 九来は、体をビクッと振るわせた。瑠璃の腕を掴む指の爪が、肌に食い込むほどに強く突き刺さった。

「っいたっ……」

「はっ」

 九来は瑠璃の痛みに上げた声に、驚いたように手を緩めた。九来の爪で傷つけられた瑠璃の腕から、真っ赤な血が滴った。

 それを見つめる九来の瞳が、銀色に変わった。

 赤い舌が、瑠璃の腕から血を舐めとっていく……傷口をえぐるように這う舌は、その痛みを激しくさせる。先ほどまでの九来とは、様子が全く違っていた。

「やっ!! 九来っ痛いよっ」

 瑠璃の声など聞いていないように、その腕を引いて、再び床に瑠璃を押し倒した。

 瑠璃は忘れていたが、瑠璃の服は先ほど九来によって引き裂かれている。全裸に近い格好で瑠璃は九来に組み敷かれていた。

 九来は銀の瞳で、瑠璃の胸の谷間にある瑠璃玉を見つめ、そのまま舌を這わせていく。


『瑠璃玉を喰らわねば……闇を封じておかねば……』


 瑠璃は、九来の口から発せられた声を聞き、背筋に悪寒が走った。

「あんた……誰……」

 九来の姿をした、九来でない者……こいつが、瑠璃玉を欲しているんだ、瑠璃はそう感じた。もしかしたら、今までの玉を抱く者たちも、こいつに喰われてたとしたら……九来は知ってるの? 瑠璃は疑問に思った。


「九来っ!!! 何やってんのっ目っ覚ましなっ!!! 九来っ助けてっ!!!!」


 瑠璃の声に、九来の銀の瞳が一瞬揺らいだ。瑠璃の上で、九来の体がブルブルと震え始めた。苦しそうな唸り声を上げながら、九来が体を反らした。

 がくりと体を瑠璃に預けるように、九来は倒れこんできた。瑠璃の耳に九来の苦しそうな喘ぎが聞こえる。

「九来?……なの……ねっ……九来?」

 九来は体を振るわせながら、瑠璃の顔の前に自分の顔を持ってきた。瑠璃の目と、九来の黒い瞳が交差する。


「る、り……」


 九来の唇が、瑠璃の唇の重なる……冷たい……瑠璃はそう思った。


 震える舌は、瑠璃のそれをこじ開け、口づけを深くしていく。


 冷たかった唇は、瑠璃の唇と触れる事で熱を持ち始めたようだった。


 溶けてしまう……九来の口づけに、瑠璃は溶けてしまうと思った……


「愛している……瑠璃……」

 

 九来の言葉に、瑠璃は知らずに涙を零していた。


「九来、愛してる……だから、本当の事が知りたい……あんたの中にいるのは何……」


 九来は、瑠璃の言葉に少し体を離すと、じっと瑠璃を見つめた。

「お前は何を見た……」

 瑠璃は目を細めて九来を見ながら、首を傾げた。

「もしかして、九来……自分の中にいる者が何なのか、知らないのっ」

 九来は苦い笑いを浮かべた。

「知らない……静波は闇だと言った……でも、閉じ込めてあるはずだ……どうして表に表れる……」

「九来……瑠璃玉を喰らうって言ってたけど……実際にはどうするの?」

 九来は、顔を背け眉根を寄せた。その表情から、あまり気色のいい話ではないらしいと、瑠璃は恐ろしくなった。でも、ここで聞かないわけにはいかなかった。

 九来の全てを明らかにしなければいけない、それは自分にしか出来ないように思えた。

「九来っ話してっ……最後まで聞くから……ちゃんと、あんたと一緒にいるからっ」

 九来が瑠璃に目を向けた。その瞳は、なぜか悲しそうだった。

「玉を抱く者の準備が整うと、私は玉に導かれるように彼女達の元に行く……玉を抱く者は、生まれてからずっと、私だけを想って暮らし、私を待っている。だから、連れて来ることは簡単だ……この祠に入って、輝く瑠璃玉に口づけると……」

 九来は、額に手を当てて何かを思い出そうとするように唸った。

「分からない……分からないんだっ……記憶が途切れる……ハッキリと思い出せるのは、胸を切り裂かれ、玉を喰われた女の遺体が転がっているという事だけ……私は瑠璃玉にしか興味はない……それだけの為に生きているような気がする時もある……女と体を重ねた記憶は無いのに……」

 九来の体は震えている……その先を話すのを拒むように、小刻みに震え続ける……瑠璃はその様子を見ていて、思わず九来の頭を抱きしめた。

「大丈夫っ九来……私、あんたと一緒にいるから……だから、話して……」

 九来が、瑠璃の耳元で息を吐き出した。

「気が付いて辺りを見ると……交わった痕跡と、瑠璃玉を喰われた女の遺体があるだけ……毎回同じだ……私は、女達と交わりながら玉を喰らっている……でも……瑠璃には、無理だ……できない……」

「どうして? 私には出来ないの?」

 九来が身をよじった。でも、瑠璃から離れようとはしない。

「ずっと、私の興味は瑠璃玉にあった……愛した女は静波だけだった……静波以外に欲しいなど思ったことはない……なのに、お前は欲しい……どんな事をしても手に入れたかった。でも、お前の瑠璃玉に惹かれる気持ちは止められなくて、ここまで連れて来た」

「私の瑠璃玉も喰らってしまおうと?」

「自分でも押さえきれない衝動が起こる……でも、気が付いた時に、引き裂かれたお前をみるなど……耐えられないっ、もうイヤだっ……お前とは、普通に睦み合いたい……」

 瑠璃は、抱えていた九来の頭を放し、その頬に手を添え自分の方を向かせた。

「なら、九来の中にいるものが何なのか、つきとめなきゃならない。何が、九来に替わって女性達を抱き、玉を喰らってきたのか……そうしないと、九来は九来じゃなくなる。静波を愛した九来ではなくなってしまう……大切なものを沢山もってた九来じゃ、なくなってしまうからっ」

 九来が、眉を寄せたまま、瑠璃をじっと見ている。

「お前は、自分の大切なものを奪おうとした私を、許してくれるのか……」

 瑠璃は、微笑んで九来を見つめ返した。

「許さない、でも九来が全部、元通りにしてくれたら……考えてあげる」

「……元に戻そう……お前は、私にとって、何千年ぶりかの大切なものだから……」

「ありがと……」

 瑠璃は、そう言って自ら九来に口づけた。

 それは羽のように軽く、柔らかく、九来の唇をかすめた。

 瑠璃は九来を見つめながら思う。

 九来の心は人のものだと、バケモノなどでは無いのだと……



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