[1] お前を食む者
毎晩夢を見るようになった瑠璃は、いつも朝になると頭が重かった。
今日も体調最悪で学校に行ったら……
夕日が街並みに消えようとする頃
彼はやってきた
私の元へ
漆黒の長い髪を風に揺らし、漆黒の瞳は私を見つめ続ける
紅い唇は、物欲しそうに薄く開いていた……
「おいで……」
なぜか、分かっている……この人は私を捨てるのだと……
いらなくなったら……私は捨てられるのだと……
なのに、抗うことは出来ない……いいえ、したくない……
もう一度……いえ、何度も……捨てられるために……ついていく……
「クライ……待っていたの……」
「私も待っていた……お前を喰らうために……」
瑠璃はベットの上で、重たい頭を上げるのに苦労していた。
「最悪っ……」
最近、変な夢をよく見る。真っ黒な服を着た、真っ黒な髪と瞳の男。
全く知らないその男に、なぜか付いて行こうとしている自分……行ってはいけない、結末は分かっている……まるで、映画を見ているように、ダメだダメだと心の中で叫ぶのに、自分はその男に付いていくのだ。
この夢を見るようになったのは、かなり前から。小学6年生だった、初潮をむかえた夜のことだ。
始めはあまり頻繁ではなかったのに、最近では毎夜見る様になっていた。
「何なのよっ……寝不足みたいに……頭いたい……」
母親にも、朝、ぼーっとしていると、夜は早く寝なさいよっと小言を言われる。瑠璃は最近では、11時には寝てしまう、起きていられないのだ……夜になると、何かに引き込まれるように眠ってしまう。
「っ、支度しなきゃ……」
そう言って、瑠璃は起き上がると高校の制服を着始めた。
瑠璃は17才で、この春に近くの高校の3年生に進級したばかりだ。
制服に着替えると、一階に降りて洗面所に向かった。
「瑠璃……制服着る前に、顔洗って歯磨きぐらいしなさいよっ……汚したらどうするのっ」
洗面所の戸棚にタオルをしまっていた母親が、眉を寄せた。
「もう一回、上に行くの面倒くさいもんっ」
「もう、女の子のクセにずぼらなんだから……どこで育て方間違ったのかしら……」
瑠璃は知らん顔を決め込んで、歯磨きを始めた。
瑠璃は、教室に着いて直ぐに机に突っ伏した。まだ、頭がボーっとしている。
「るーりっ……最近、元気ないね……だいじょぶ?」
机に突っ伏している瑠璃の顔の前に、ニコニコと人懐っこそうな笑顔が現れた。
「清……あっち行って……」
「機嫌わるーっ……でもさ、一応、心配してんだけど……最近、お前変だし……幼なじみとしちゃあ、気になるわけよっ」
「だから、ウルサイっあっち行って」
瑠璃は、清のいる方とは反対を向いて、目を閉じた。
閉じたまぶたの裏に、夢の中の男の顔が浮かぶ……
『あいしている……』
音のない囁きが、聞こえた気がした。
「おーい、席につけよっ転校生を紹介する……ん? 三上瑠璃っ起きろよォ〜いつまで寝てるっ」
瑠璃は担任の声に、仕方なく頭を上げた。ズキンと頭の芯が痛んで顔をしかめた。
瑠璃のそんな様子に気づくクラスメイトは誰もいない。目の前に立っている転校生に、皆の目が吸い寄せられていた。
勿論、すでに瑠璃の目も、その男に吸い寄せられている……
「な、んで……」
夢の中の男は、今、転校生になって瑠璃の目の前に現れた。こんな映画はなかっただろうか……アニメだったかもしれない……瑠璃は、内臓が喉から出てきそうなほど、気分が悪くなっていた、それは頭痛が、あまりに酷くなったせいだった。
瑠璃は、机に上にクタリと倒れこんだ。
「る、り……るーり……おいっどうしたんだよ……」
隣の席の清が、小さな声で話し掛けながら、瑠璃の肩を揺すったが、気を失ってしまったらしい瑠璃は、ピクリとも動かなかった。
「先生っ瑠璃がっ……気を失ってる……」
「何っ!!」
担任教師は、慌てて瑠璃のところに走り寄って、額に手を当てる。
「熱はなさそうだな……保健室……とりあえず保健室に運ばないとなっ」
担任が瑠璃を抱えようと腕を伸ばした。
「触れないで貰おうか……」
低い声が、威圧的に響いた。
クラス全員が、声の主を見つめる。転校生が担任を上から見下ろしていた。
「水崎……何を言ってるんだ……」
担任が言葉に詰まるほど、水崎の瞳は冷たかった……まるでガラスででも出来ているかのような生命感のない瞳。
「それは私のものだ、触れるなと言った」
水崎は、そう言うと瑠璃を肩に担ぎ上げ、教室を出て行った。
慌てて清が後を追った。
「先生っ、俺、保健室一緒に行くからっ」
「あっああ……」
担任の声は震えていた。あの瞳は見てはいけないと、覗き込んではいけないものだと、非科学的な事を考えている自分が、酷く滑稽に思えるのに、真剣にそれを信じている担任だった。
「ホ、ホームルームを、は、始める……」
「おいっ瑠璃を下ろせっ!!」
清は、この得体の知れない転校生が、瑠璃を抱えている事にとても腹が立っていた。自分よりもかなり背も高く、体格もいい、この男が怖かった。
人間離れした美しさを持つ男。長い黒髪と漆黒と知っていいほどの瞳、紅く薄い唇。
なにがと聞かれても、答えに困る。でも、怖いと思った。そして、幼なじみとしてでなく、恋心を抱いている瑠璃が、こんな男に抱えられているのは我慢ならなかった。
嫉妬は、恐怖に打ち勝っていた。
清は、男の腕を掴んだ。
「おいっ瑠璃を返せよっ」
男が清を睨みつけた。漆黒の瞳は、精気を持たないガラスの様でもあり、氷の様でもあった。
暗く冷たい水底を覗き込んだような、不安な気持ちにさせる瞳……その暗闇から、何かが襲い掛かってきそうだった。
「これは、お前のものではない……立ち去れっ」
「バッバッカじゃねーのっ。俺は瑠璃とは幼なじみなんだっ、他の奴は誤魔化せたって、俺は誤魔化されないっ、お前のような奴、瑠璃の知り合いにはいねーんだよっ何処で瑠璃を見たかしらねーけどっ、てめーストーカーっかなんかだろうっ」
「愚かな……消えろ……」
男が手を振ったと同時に、清の姿が消えた。
同じ時、清はなぜか教室の自分の席に座っていた。いま自分がいる場所が、清には信じられなかった。
「おれ、おかしくなったのか……るり、は……」
清は混乱していた。瑠璃は保健室に行くと言って出て行った……いや違うのだと……色々な記憶が交じり合う。
結局、清は瑠璃が自分で保健室に行ったのだと思い込んだ。それが一番、現実的だったからかもしれない。
「あとで様子、見に行くか……」
保健室のドアが音も無く開いた。保険医は、何も感じる事も無いのか、机に向かって書類を作成している。
音もなく歩く水崎と呼ばれた男は、保健室のベットに瑠璃を静かに横たえた。
襟元のリボンを緩め、ボタンを外していく。中から現れたブラにも怯むことなく、長く伸びた爪でピッと真ん中の布を引き裂いた。
白い肌があらわになり、薄い桜色の突起までもさらけ出していた。
水崎は、瑠璃の乳房の間に指を滑らせ、何かを探るようになぞっている。
「まだか……」
そう一言いうと、上掛けをめくって瑠璃を中に入れ、自分はその横に座った。
初夏の風が、開け放たれた窓から入って、眠っている瑠璃の明るい茶の髪を揺らした。
その上に、絡まるように漆黒の髪が下りてくる。
「はやく目覚めろ……俺の為に……永き時を待っていたのだから……」
水崎の紅い唇が、瑠璃のそれに重なる。
味わうように、瑠璃の唇を水崎の舌が這っていく……
「はやく喰わせろ……」
瑠璃が身じろいだ……
「っ……はァ……くら……い……」
「そうだ、私はクライ……お前を食む者……」
「く……っらい……」
水崎は何者? クライと名乗った男は、瑠璃を喰らうと言っている。




