坂浜恵美⑦
涼子からメールが入っていた。
――体調よくないから今日帰る。
――わかった。図書委員はテキトーにやっておく。
――ごめんね。
――気にしないで。お大事に。
そういう日もあるよな。
一人図書室の受付に座り、本を開く。
今日は利用客は少なそうだ。読書がはかどるぞ。
「こんにちは。今日は一人?」
なんとここで佐井君登場。
「え、あ、うん、そう。涼子、体調不良で帰ったから」
「ああ、そうだったんだ。じゃあ無理して五時間目まで出てたのかな?」
「そうなのかもね」
「気が付かなかったな」
優しいな、佐井君。
「きょ、今日はどうしたの?」
「ああ、これの返却と、何か借りようかと思って」
佐井君が狂骨の夢という気持ち悪い表紙の本を出した。
「じゃあ返却手続きしておくから、借りる本を探してていいよ」
「ありがとう」
佐井君は受付に近い机に鞄を置き、書棚に向かった。
本を手に取り、裏表紙を見てまた書棚に戻す。
それを繰り返して本を選んでいる。
あ、いけない。見とれている場合じゃない。返却の手続きだった。
「じゃあこれをお願いします」
佐井君は気に入ったものが見つかったようで、受付に一冊、本を置いた。
れんしゅうさつ、と読む難しい漢字の小説だった。
「それじゃあ貸し出しカードに名前を書いてください」
佐井君は慣れた手つきで貸し出しの手続きを済ませる。
「もう迷子になってない?」
名前を書いたカードをこちらに手渡すときに佐井君が言った。
「え?」
「だから、あれから迷子にはなってない?」
「あれからって?」
うそでしょ? あの時のことを言っているの?
「覚えてないの? ゴリラ公園で泣いてたじゃん」
「佐井君、覚えててくれたの?」
「わすれないよ。交番で名前も聞いていたし、間違いないなって思ったよ」
「うん。そう。あれは私。あれから迷子にはなってないよ」
「よかった。じゃあこれ借りていくね」
鞄を肩にかけると、佐井君は図書室を出ていった。
うそでしょ。いや、うそじゃないほうがいい。
覚えててくれたんだ。
やばい。泣きそう。
図書室なんかで泣きたくないのに、嬉しすぎて涙が出そう。
涼子がいてくれたらいいのに。いや、涼子が休みでよかったかも。
もうよくわかんない。
なんなの佐井君。
もう、佐井君のばか。