百村りか⑥
「お待たせ。駅まで一緒に歩こう」
「いいの? 乗って帰ったほうが早いでしょ」
「私の家も駅の方面だか十分くらいかわらない」
「ありがとう」
言っちゃった。嘘ついちゃった。
二人そろって門を出る。
時刻は夕方になっていた。西日が小平という平地を照らしている。
オレンジ色の町を二人並んで歩く。
春だというのに少し寒い。
クシュン。
この季節は毎年、花粉症に悩まされる。寒さのせいではない。
佐井君がティッシュを出す。
「百村さんも花粉症? 俺もだよ」
佐井君のこのいたずらっぽい笑顔はもう校則で禁止にしてほしい。
「ありがとう」
ティッシュを受け取ったはいいけど……どうしよう。家であれば何にも気にせずチーンと鼻をかむのだけれど、今は嫌だ。鼻に当てるだけにしよう。
一旦自転車を止めてエチケットタイム。
佐井君も歩みを止める。佐井君は電信柱を見て軽く会釈しているようだ。奥に知り合いでもいたのだろうか。
「ごめんね、佐井君」
「気にしないでいいよ」
再び二人で歩き出す。
あっという間だった。もう小平駅に到着だ。初めて小平駅に空気を読んでほしいと思った。
「あ、あの、一応、連絡先交換しておかない?」
「そうだね。しておこう」
勇気を振り絞って言ってよかった。何にも滞りなくできたじゃないか。
佐井君の余裕が逆に怪しい気もするが。なんていうか、女の子慣れしているような……。
疑ってしまうのはよくないとは思うけど、もしかして……。
「ごめんね。遠回りさせちゃって」
「え、全然全然。気にしないで」
連絡先の交換は無事に終了。まあ問題はここからだけどね。メールの一発目をどうするか……。
「それじゃあまた明日」
「うん。また明日」
佐井君が駅舎の階段を上っていく。
ここでずっと見ているのも変だろう。帰るとするか。
自転車にまたがる。
なんか一日すごい頑張った気がする。そして実りがあった気がする。
軽やかな気持ちで自転車をこぐ。寒いと思った春の風も悪くない。さわやかだ。
それにしても佐井君って別にスクールカーストの上位ってわけでもなさそうなのに、なんか余裕があった。
もしかして……彼女いるのかな?
佐井君に疑念を抱いたあたりで家に到着。
自転車から降り、スタンドを立てる。かごから鞄を出し……ふと目に映ったのは、前輪のカバー。そこには私の名前と住所のテプラが貼ってあった……。
『遠回りさせちゃって』
佐井君の別れ際の言葉がよみがえる。
気が付かれていた。
――自転車に貼ってあった住所を見て遠回りって気が付いた?
メールの一発目はこれだ。これ以外にない。
むしろメールを始めるきっかけとしてありがたい啓示だ。ポジティブに受け止めよう。
しかしその前にお風呂に入ろう。いろいろと考えたいし、何か恥ずかしい気持ちがあるから水に流したい。うん、そうしよう。
っていうか、なんていうか……もう、好きだ。佐井君が好きだ。
今の私は冷静じゃない。冷静になる必要がある。そのためにお風呂に入ろう。うん、そうしよう。
好きだって気持ちを受け入れたら、何かすっきしりた。大事だな。ちゃんと受け入れるのって。
「お帰り、りか。あれ? 学校で何か楽し事でもあった?」
「まあね。先お風呂にする」
さすが母。察しがいい。
「あらやだ。お風呂まだ沸いてないわよ」
「沸いたらすぐに入るから」
残念。しばらく部屋で悶々としよう。
二階に上がり、部屋に入る。その瞬間からニヤニヤが止まらなくなった。
早く木曜日にならないかな。
早く体育祭が来ないかな。